November 18, 2017

第97回 IMEERSIVEオーディオを俯瞰する

by Mick Sawaguchi サラウンド寺子屋塾主宰

テーマ:プロオーディオ最前線 ~ イマーシブオーディオ
概要:欧米では、スピーカ再生のみならずバイノーラルレンダリングによるヘッドフォン再生などを含め、イマーシブオーディオと呼ばれる三次元音響に関する動きが活発です。今回は欧米での最新情報を織り交ぜながら、イマーシブオーディオとは何か、どこに向かおうとしているのかをご紹介します。AES69などイマーシブオーディオに関連した国際規格の動向も紹介し、欧・日のイマーシブオーディオ作品をバイノーラルと9CHでデモで紹介します。


期日:2017年7月11日(火) 15:00−17:00
場所:会場:mExLounge東京都港区赤坂2-22-21 5F
講師:Kimio Hamasaki ARTSRIDGE LLC代表)プロフィール

1982年九州芸術工科大学大学院芸術工学研究科情報伝達専攻修了後、音楽録音や、オーディオ・音響技術の研究開発、教育、国際標準化など音一筋で現在に至る。開発したサラウンド収音方式Hamasaki-Squareや三次元音響方式22.2マルチチャンネル音響システムなどは、国際的に広く利用されている。近年は、3Dオーディオの発展と普及に尽力し、収音方式としてHamasaki-Cubeを国際学会にて発表したほか、クラシック音楽の録音も多数行なっている。日本放送協会、バイエルン放送協会、AES副会長などを経て、現在、オーディオ技術コンサルティングを主とするARTSRIDGE LLC代表。
AES Technical CommitteeBroadcast & Online Delivery部会Co-ChairRecording Technology & Practices部会Vice ChairAESフェロー。




沢口:第97回のサラウンド寺子屋塾を始めたいと思います。
今回は、「イマーシブAUDIO」の全体像を解説していただきます。アメリカの次世代放送規格ATSC-3の音声規格や2016年のドイツ トーンマイスター会議またAESコンベンションなどでも研究発表の段階から制作の具体的なアプローチも発表されるようになりました。今回はそれらを全体的に俯瞰してみようというテーマで濱崎さんに講師をお願いしました。経歴や活動については冒頭の講師プロフィールを参照してください。私が印象に残る濱さんの活動の一つは、2002年に開催されましたAES .LAコンベンションで発表されました「The minimum number of loudspeakers and its arrangement for reproducing the spatial impression of diffuse sound field NO 5674という論文です。ご興味ある方はAES e-libraryからダウンロードできますので是非お読みください。

また今回も会場、およびバイノーラル再生のための機材を朝から用意していただきましたシンタックス ジャパンの皆さんへ感謝申し上げます。

濱崎:皆さん今日は。本日は、以下のような内容で進行していきたいと思います。

           

1. イマーシブオーディとは?〜歴史を振り返りながら
音響の歴史をたどりますとモノラルから2CHステレオになり5.1/7.1CHサラウンドが登場し、それが最近、立体的な音場再生を目指して三次元音響となりました。イマーシブオーディオという言葉が登場したのは2010年のAES40回国際コンファレンス東京の時ではないかと記憶しています。


これまでの歴史を振り返ってみますと以下のような進展が行われてきました。





 
 2000年代からの動きで言えば、2001年からオブジェクト放送を検討したヨーロッパのカルソープロジェクト、2001年にはAESが初めてのマルチチャンネル音響をテーマにした国際コンファレンスをドイツのエルモーで開催この時は私が論文発表を沢口さんはサラウンド制作ワークショップ、深田さんもデモを行いました。、2002年にはWFSを使ったSONIC EMOTION社の設立、2005年にAuro-3Dフォーマットが発表され、2012年にDolby Atmosが登場、 そして2013年にDTS:Xが登場しました。近年では、フランスのバイノーラルオーディオのBiLiプロジェクトや、BBC R&Dによるバイノーラルおよびオブジェクトオーディオ放送研究などが挙げられます。

2 イマーシブオーディオの対応技術



イマーシブオーディオを実現するための方法として大きく3つがあります。
      音源位置を振幅(音圧)で再現する方向制御
      耳元の音を再現する聴取点制御
      物理的に音響空間を再現する空間制御


方向制御の取り組みとしては、1965年にゲッチンゲン大学が行った数多くのスピーカを使った実験が有名です。


1973年にイギリスのマイケル・ガーソンが提唱したAmbisonics方式は、全方向wx, y, z軸方向で空間を捉えてデコードし空間を再現するというものです。リスニングエリアが限定されるといったことや、使用可能なマイクロフォンが限定されるなどから大きな商業化にはなりませんでしたが、最近では高次のAmbisonicsを含めてイマーシブオーディオに積極的に利用され始めています。数式での取り扱いができますので、コンピュータ制御がしやすいという点を生かし3Dゲーム音響などにも応用されています。



2つ目の聴取点制御は、古くから、ダミーヘッドで録音しヘッドフォンで再生するというバイノーラル収音再生が、その手軽さから利用されてきました。
これは人間の耳が持つ音の方向知覚の特徴をうまく利用した方法だと言えます。


近年は、ダミーヘッド録音ではなく、マルチチャンネル音響制作した音源を、HRTF/HRIRといった伝達関数でバイノーラルにレンダリングする方法が注目されています。

3番目の空間制御の方法は、一例として、WFSが実用化されましたが、近年は境界音場制御による立体音響空間再現などの試みが行われています。さらに高次のAmbisonicsHOA)も実用化されてきました。



空間制御の現実的な課題は、広帯域・高音圧再生ができる小指くらいの小さなトランスデューサが実現できるかにあります。



ではここで幾つかデモ再生します。

デモ−01 筆者が提唱する二つのCube配置マイクロフォンアレイを使ったオーケストラ録音の9ch SP再生とバイノーラルレンダリング再生のデモです。


デモ−02 次は、Auro-3D方式によりネイティブ3Dオーディオ制作した映画作品を、バイノーラルレンダリングで聞いていただきます。

3 イマーシブオーディオの全体像


図の左に属する方式は、どちらかと言えば立体音響空間の拡がり感や包み込まれ感を優先した方式で、右側はどちらかと言えば音像の移動感効果を優先した方式、そして中間に位置する方式は、そのどちらでもないといった立ち位置になるかと思います。


立体音響空間の拡がり感や包み込まれ感を再現することを目的にスピーカ配置の条件を求めた心理音響による研究結果としては、例えば次の表があります。



Auro-3Dの制作ワークフローを例にすれば、制作-伝送・配信-再生という流れは、以下に示すようなフローと技術要素で構成されます。
          

4 ヨーロッパの最新動向
現在ヨーロッパで取り組まれている制作例を以下に紹介します。

4−1 BiLi Project




このプロジェクトが注目しているのは、HRTFの個人性適用をどのように実現するかです。バイノーラルレンダリングにおいてHRTFに個人性を適用すれば、3D音響の再現性がそれだけ高まるという考え方です。



デモー03
HRTFの違いでどれくらい3D音響空間の再現性に変化があるかを、異なるHRTFによるバイノーラルレンダリングの比較試聴で確認してください。




多分みなさんが良いと思うHRTFのパラメータがそれぞれで異なっていたのではないかと思います。現在、効率的にHRTFを測定したり、算出したりする様々な手法が検討されており、さらに、それに個人性適用をするための研究も行われています。

入交:私の経験で言えばMBSの音楽番組を22.2CHからバイノーラルレンダリングHLP22.2にして放送しましたアンケートを見ると空間を感じたというリスナーは約20%でこの方々は大絶賛でした。頭の大きさで分類すると小顔系の人がうまく適応しているようで、頭が大きな人の反応は、あまり良くなかったという結果でした。



制作の視点で言えば、このバイノーラルレンダリングを用いた制作手法が主流となってきており、パリ高等音楽舞踏院の研究では、ダミーヘッド録音でなくマルチチャンネル音響制作した音源をバイノーラルレンダリングする方が好ましいといった結果が出ています。


またVRなどに応用するイマーシブオーディオは、映像の変化に追随した音場をヘッドフォンなどから提供しなければなりませんので、そうしたインタラクティブな再生についても取り組みが行なわれています。



様々なメディアでの空間情報をシームレスに取り扱うためのメタデータ定義が最近AES69規格として提唱されました。これはイマーシブオーディオ、特にバイノーラルオーディオとして制作した音源、空間音響情報、その生成過程などをメタデータとして相互に利用できる規格と理解できるかと思います。


4−2 ラジオフランス
ラジオフランスは、現代音楽や電子音楽といったジャンルに熱心で、またヨーロッパはラジオドラマも人気があります。ここでは3つのデモを再生します。
現代音楽とラジオドラマは、5.1CHマルチチャンネル音響と3D音響をバイノーラルレンダリングした音源を切り替えて聞くことができます。

デモ−04




nouvOsonとは新しい音という意味で、ラジオフランスが取り組んでいるイマーシブオーディオを表すロゴだと思います。ところで、フランスTVでは、ミキサーがイマーシブオーディオ制作をできるようにするためのトレーニングを実施しているそうですが、約1年半をかけているそうです。ラジオフランスでは、放送用のコンテンツ制作だけではなく、ライブ会場でのSRをイマーシブオーディオで行うという試みも行われています。現代音楽等のコンサートでは、有効ではないかと思います。



4−3 フランスTV
フランスTV制作のイマーシブオーディオコンテンツを再生します。これはパリのベルサイユ宮殿で行われたライブ録音です。

デモ−05



4−4  BBC North
BBCはメディアセンターと呼ぶ先端技術の開発とそれによるコンテンツ制作を行なう拠点をロンドンやマンチェスターなど複数の場所に持っており、その1つであるBBC R&D Northは、マンチェスター郊外のメディアシティと呼ばれる一角にあります。ここでは、オブジェクトオーディオ放送や、マルチチャンネル音響制作手法を用いながら、いかに最適なバイノーラルレンダリングが可能かなどのオーディオ研究も行なっています。


デモ音源は、ロンドンのロイヤル・アルバートホールで毎年夏に開催されるBBCプロムスコンサートからです。

デモ−06






5 日本の動向〜UNAMASレーベルのバイノーラル制作例
沢口:濱崎さんからバトンタッチして国内でのイマーシブオーディオとバイノーラルレンダリング音楽制作の動向についてUNAMASレーベルの取り組みを今年6月にリリースしました「Souvenir de Florence」アルバムを例に紹介します。


レコーディングは、Betsと呼ぶ基本CH7.1CHでハイトCH4CHという構成です。   まず9.1CHMIX-DOWNした192-24 WAVファイルが出来上がりますと、それを1ファイル1トラックの個別WAVデータでHPL-9のレンダリングを行うためにアコースティック・フィールド社の久保さんへ送ります。
久保さんが聞いて良いと思うレンダリングをA-TYPE B-TYPE2CHバイノーラルデータにサンプル1曲分レンダリングし、送り返してくれます。これを私が聞いて9.1CHマスターに近いと思うTYPEを選択します。あとは、そのTYPEで全曲レンダリングして送り返してくれます。これだけです。

HPLのバイノーラルレンダリングの特徴は、優れた音質と空間再現にあります。また現状のレンダーとして192-242CHから最大22.2CHまでを扱える実用的なレンダリングとして有益です。レーベル側がレンダリングしてしまえば、リスナーにはなんの負担もなく、2CHステレオMIXを聞くよりはるかに頭外定位に優れた音場が楽しめるのが私は良いと思って採用しています。





デモ−07

ヘッドフォンで最初に通常の2CHステレオMIXを聞いていただき、次にバイノーラルレンダリングしたHPL-9を再生します、もう一度通常の2CH MIXを聞いてください。最後に9.1CHのマスターをSPで再生します。


終わりに
濱崎:沢口さん、ありがとうございました。
最後に今後のイマーシブオーディオの展開について紹介します。まず最も関心を持たれるであろう「ビジネスに適したマーケットはあるのか?」ですが、VR360やゲーム音響では、特にイマーシブオーディオのビジネスチャンスがあると考えています。また現在、様々な機関や団体でイマーシブオーディオに関連した標準化が行われています。



目標は、ここに示しましたように4項目ありますが、私が注目しているのは、インターネットでサービスできるコンテンツとフォーマットです。長時間どうもありがとうございました。

参考DATA紹介:
後日じっくりとイマーシブオーディオによるバイノーラル作品を聞きたい方々のために、今回再生しましたデモ音源のURLを紹介します。ヘッドフォンでぜひじっくり聞いてみてください。マルチチャンネル音響制作手法を利用しながらバイノーラルレンダリングで制作した様々なコンテンツで、欧州の各放送局の特徴もお聞きいただけると思います。



沢口:濱崎さん、長時間の講演と様々なデモ音源を用意いただき大変ありがとうございました。(拍手)

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