October 16, 2014

第87回サラウンド寺子屋 at 名古屋 〜 SHV 22.2CH音声制作の最新動向 ( 22.2ch音響の基礎知識から収録の実際例を紹介 )


テーマ:SHV 22.2CH音声制作の最新動向
講師:緒形慎一郎(NHK名古屋チーフエンジニア)
期日:8月20日 2014年 NHK名古屋 R-3 特設22.2CH会場
名古屋音やの会 / NHK名古屋合同 SHV 22.2CH音声研究会
レポート by Mick Sawaguchi (サラウンド寺子屋塾, 沢口音楽工房)
緒形 慎一郎



はじめに
沢口:名古屋開催は、4回目となります出前サラウンド寺子屋塾ですが、今回は、名古屋の音声のみなさんの多大なる熱意と協力の成果としてSHV22.2CHの制作とデモを実施することになりました。開催にあたっては、名古屋音やの会の幹事を務めていただいていすCTV安藤さん、東海サウンド澤田さん、そして機材面でのサポートも含め名古屋芸大の長江さんたちの献身的な事前準備、そしてなによりも講師役を引き受けてくれまたNHK名古屋の緒形さんをはじめR-3スタジオ内にこの勉強会のためにSHV再生環境と会場の協力を快諾いただきましたNHK名古屋局の田中技術部長さんをはじめとする関係者のみなさんの熱意に感謝したいと思います。またシンタックスJAPANYAMAHAからも機材協力をいただき開催できましたことを感謝申し上げます。そして寺子屋塾開催で最も大人数の80名を超す参加者があったことも特筆したいと思います。

安藤:みなさん、SHV22.2CH勉強会にお集りいただきありがとうございます。名古屋での出前サラウンド寺子屋塾も今回で4回目となります。今回は、ポスト4K時代にあた8KSHVで採用されております22.2CHサラウンド音響の制作手法と視聴検討に対してNHK名古屋放送局の多大なご協力をいただき実現できることになりました。
私たちも断片的には、パブリックビューイングなどを通じて8KSHV22.2CH音響を経験する機会はありましたが、今回は、じっくりと中身を勉強したいと思います。はじめに、本勉強会開催を快諾いただき会場と設営にご協力いただきましたNHK名古屋の田中技術部長様を紹介したいと思います。

田中技術部長:ご紹介いただきました田中です。SHVにふさわしい音響方式については研究レベルを含め10年以上経過してきましたが、2020年の東京オリンピック開催にむけてALL JAPANNEXT-TVプロジェクト:総務省)で4K、8KSHVの放送への取り組みが始まり、いよいよ実用域へと拡大してきました。ソフト制作も様々なジャンルや環境でのニーズが高まりつつあり、22.2CHをそれらにどう応用していくことができるのか、制作者のニーズをどのように具体化していくのかがキーポイントとなる段階にきています。本日は、様々なコンテンツを視聴いただき、そして制作手法の実例を勉強して頂くことで、みなさんのノウハウの参考にしていただければ幸いです。(拍手)
安藤:れでは、さっそくSHV22.2CH制作についてデモと解説をお願いしたいと思います。講師役はNHKチーフエンジニアの緒形さんです。


緒形:みなさん、こんにちは。名古屋へは1年前に異動してきました。これまでの10数年間は、サラウンドによるドキュメンタリー番組を積極的に手掛けてまいりました。そして新たに5年前からは、SHV22.2CH音響のコンテンツ制作に携わっています。本日の勉強会の内容は以下のような構成にしました。
 22.2CH音響の基礎知識
 収録の実際例紹介
    フィールドロケーション用新型マイクアレイの紹介
    2CH音楽のアップMIXエンコーダの紹介
    デモ01 飛騨高山の秋祭り
    デモ02 リオのカーニバル
    デモ03 フィギュアスケート
    Q&A
といった流れで進めていきたいと思います。

1 22.2CH音響の基礎
 究極の包囲感や没入感を得るため、8KSHVによる大画面映像の視野角である左右100度(センターを中心に50度づつ)を基本にして3層のレイヤー構造で22.2CHのスピーカーをマッピングしています。図を参照してください。
まず一番上のレイヤー(天井)となるアッパーレイヤーに9CH、ミドルレイヤー(耳の高さ)10CH、ボトムレーヤー(画面底辺)3CH+LFE0.2CH)で合計22.2CHというスピーカー構成になります。22.2CH 3D音響の特徴は、5.1CHサラウンドが水平面のみの立体空間であるのに比べ、上下を加えたあらゆる方向からの音響空間を形成できる点にあります。また、聴取エリアが広く、スイートスポットの範囲が広いという点も特徴です。


この規格はSMPTEでも規格化されその配置と名称は、図に示すような構成となります。またARIBの推奨規格配置も図に示します。

2 収録機材の紹介
1音声収録


 ロケーションでの収音には、単独で素材音を録音する事を前提に2層構造で各8CHのマイクを配置したアンブレラ型アレイを使用します。(現在は放射状物干しスタイルのマルチマイクアレイを開発) 最近では紅白やクラシックなどのコンサートホールでの録音にも天井にこのアンブレラを吊り下げてアンビエンスを収音しています。初期型は浅草の和傘職人に作ってもらいましたが、現在では岐阜の鉄工所でカーボンファイバーを使った軽量型を開発しました。
共同開発者の音響デザイン(東京放送センター)山田副部長の方から紹介してもらいます。


山田:音響デザインの山田です。我々は、単独行動で22.2CH用のアンビエンス音をライブラリーとして充実するために機動性を重視したマイクアレイを開発しました。仕様としては軽量でかつ耐久性があること、マイクケーブルからレコーダまでの配線をワンタッチで行える事等を検討しました。製作を行ってくれたのは、岐阜羽島にある岩田鉄工所というメーカです。材料は、カーボンファイバーで重量980g。2レイヤーアレイとして使用する目的で軽量化に成功しました。また従来のアンブレラアレイで発生していた風きり音も防止しました。折りたたみ式で水平90°開脚の他、狭域60°でロックします。またカーボンファイバーロッドは1m50cmが付け替え可能です。
 更に音響デザインからもう一つ、アイテムをご紹介します。22.2CH制作で必要な音楽素材を既存2CHから簡易的に創る事が出来ないかを検討し2CH-22.2CHリアルタイムUP-MIXエンコーダをFourbit社の協力で制作しました。これも今後、短時間で効率的な22.2ch音響コンテンツ制作に有効なツールとして活用できると考えています。

緒形:お話を収音方式に戻します。
 アンブレラ型のマイクアレイを使わない方法もあります。ロンドンやソチオリンピックで使用したワンポイント球体マイクアレイです。これは主にスポーツイベントでのサラウンド収音用に多用しています(写真)。更にこの写真はNHK技研が開発した3レイヤー構造のマイクアレイです。2007年東京—札幌間で行われたSHV伝送実験で使用されました。これは、各レイヤーで設置角が異なりアッパーレイヤーは、45度均一ですが、ミッドレイヤーは、フロント側が25度間隔、リア側は、45度間隔の単一指向性マイクによるアレイです。

ロケーションにおけるポータブル収録機器は、サウンドデバイスのマルチトラックレコーダ8CH対応機器を2台カスケード接続で収録しています。
2 8KSHV映像素材の収録
 8KSHV映像(エンベディッドオーディオ)の収録は、P-2カードを17枚使用したレコーダを使用しています。このうち16枚で8K映像を分割して収録し、残りの1枚はHD(2K)にダウンコンバートしたプロキシ映像を収録、これはオフライン編集用として使用します。音声は、4本のHD-SDI信号に8CH単位でエンベットして24CH収録します。現在最新の収録機はSSD(4T×2)のレコーダーを使用して60分の8K映像と32CH22.2CH+5.1CH+2CH)の音声が収録できます。

3音声ポストプロダクション
 収録したメインの音声/アンビエンス音(16ch)/効果音/音楽などの事前仕込みを担当者毎に平行して行った後に22.2CHのステム別で準備します。(この作業は現状、5.1サラウンド環境で行っています。)
 ポストプロダクションシステムは最大で960トラック(22.2chを40ステム分)のコントロール、オートメーションミキシング機能を内蔵したフェイアライト社のDAWFinal Mixが行われ、22.2chマスター音声+5.1ch2chダウンミックスが完成します。
更に最近では、22.2chの音を同時にオートメーションパンコントロール出来るシステムや3Dサンプリングリバーブレーター、トータルコンプレッサーなどが開発され、ポストプロダクションの充実化が計られています。これらポスプロシステムから収録システム全般にはMADI(同軸/64ch)伝送方式が多用されており、少数の同軸ケーブルで多くの音声回線をやり取りしています。
3 制作の実際とデモ
1 飛騨高山の秋祭り(6分)


20139月に制作しました400年の伝統を持つからくり人形の舞台がメインとなる飛騨地方「秋の高山祭り」を再生します。
少し制作の舞台裏を紹介します。桜山八幡宮の境内にカラクリ屋台(山車)が設置されます。これを取り囲むように2レイヤーで収音マイクを設置しました。回線は、LWB光ファイバーで伝送しそれをMADIに変換した後プロツールスDAWへ収録します。



    デモ再生(映像はHDクオリティー
全体のマイク配置は、図のようになります。
サウンドイメージは、図に示したように境内の観客ベースを4CHで、トップレイヤーは、9CHで収録しレイヤーの高低差は2mです。更に客席内に設置したアンブレラアレイ8CHをミッドレイヤーに加え基本の空間を作りました。それ以外はカメラマイクや楽器用スポットマイクで必要な音を収録しています。
 カラクリ人形の所作音が、聞き取れたと思いますが、これは事前にリハーサルの現場におじゃまして収録した素材音をポストプロダクションで付加した音です。9人の操師が36本の絹糸を一糸乱れぬ巧みな技で人形に命を吹き込観ます。ここから生みだされた息づかいを音で表現しました。
 このポストプロダクションは、みなさんが今いますR-3スタジオフロアーに本日と同じようなスピーカーシステムをくみ上げて実施しました。制作の様子を写真で紹介します。6分間のコンテンツですが、ポストプロダクションは6日間(+プリプロ4日間)。使用した素材トラックは600CHになります。(現在のところ、NHKでは22.2chポスプロ作業の指標として1分1日(5分間の作品は5日間のMA)を基本に行っています。)



スイートスポットが、広いということを実感していただくために後2回再生しますので、みなさんそれぞれ座席を移動して聞いてみてください。

2 リオのカーニバル
次は、リオのカーニバルを再生します。

デモ(映像はHDクオリティー)

この収録はパレードのメイン会場となったサンボドロームで行いました。全体のアンビエンスを収録するためにトップレーヤには20m間隔に無指向のマイクを6本設置,ミッドレイヤーには全高5mの竿6本にDPAのコンタクトマイクを2レイヤーで設置し合計12CHで構成しました。移動するバンド演奏(BATERIA)は、図に示すような配置で収音しました。これはブラジルのTV会社からの分岐です。総回線数は96回線。



全体のシステムは、図に示すような構成です。


3 フィギアースケート 
22.2CHで収録したフィギュアスケート大会を再生します。
デモ(映像はHDクオリティー)
このコンテンツ制作は、私自身は行っておりません。NHK放送センターの中継技術部から資料を頂いたものです。名古屋はフィギュアスケートのお膝元。皆さんとても関心が高いので、少しですが紹介させていただきます。

会場全体(代々木体育館NHK杯フィギュアー)は、天井キャットウオークに6CHのマイクを設置し、球体マイクを中央のスクリーン脇へ設置しました。各スポットマイクは、HDTVの中継音声からの分岐、その中には氷の中に仕込んだ氷柱マイクの音なども含まれています。
音声車は、LAWO社の音声卓(22.2ch特別仕様)が設置してありこの中には22.2CH 3Dパンナーが組み込まれていますので、22.2CHミクシングやパンニングをライブで行うことができます。オリンピックやワールドカップサッカーなど様々なジャンルの8KSHVライブビューイング(生中継)で活躍中です。



Q&A
Q-01:22.2CHの制作となると膨大な音声素材を扱うことになり、個人的にはどうまとめればいいか、戸惑うような気がします。サウンドデザインの方向性といったものは、どうしているのですか?
A:5.1CHの場合も同様の悩みがあるので想像しやすいと思いますが、22.2CHの音像は画面から視聴者側、つまり手前側にあって、映像の奥行きの方向性にはありません。しかも映像が8Kの場合、情報量が格段に多くなり、そこに22.2CHの音響が加わると、視聴者のみなさんにとっては情報過多になる恐れもあります。ストーリーに対する映像表現と音声表現には十分、慎重に行わなければなりません。そのため撮影、音声と演出、音響効果といった担当スタッフで企画構成段階、ロケーションの前、ポストプロダクションが始まる前などに打ち合わせを行い全体の方向性やシーン毎のサウンドデザインを話し合います。(なかなか出来ない場合も多いですが、、)私たちの場合、映像と音声表現を何処まで効果的に追求出来るかをブレーンストーミングし、そこで出たアイディアなどを生かしながら収音設計、音声表現の設計に繋げています。
Q-02 私がいるようなローカルの放送局では小規模で制作せざるを得ません。小規模体制での可能性もあるのですか?
A:PRE-MIXまでは私も一人、NUENDOで作業しています。作業的には、一つのサウンドエレメント(例えばベース音A)に1つのステム(22.2ch)を作り、5.1のダウンMIXで3つのレイヤーのバランスや音色を確認しながら整理していけば出来ると思います。トラック数は多くなりますが、最近のMacBookのスペックであれば500chぐらいまでは扱えます。最初はHPステレオで聴きながらザックリと並べていき、自宅の5.1SP5.1chMAスタジオでバランス確認などなど、小規模体制でも十分可能だと思います。
Q-03:PRE-MIX時の22.2CHのモニターは、今後どうするのですか?
A:PRE-MIXでは、22.2CHのモニタースピーカー環境をつくることが困難なので、Q-025.1CHモニター環境で素材別でSPモニターしていますが、別にヘッドホンモニターとして22.2CHヘッドホンプロセッサーを開発しています。トランスオーラル技術を応用したバイノーラルヘッドホンシステムです。ヘッドホンの頭部伝達関数(HRTF)を個別に設定するために事前にデータを収録して個人にあったバイノーラル音響を作り出す仕組みです。このシステムはMADI22.2chを入力し普通のステレオヘッドホンで聴けるものです。USBに記録されたHRTFをインストールすると自分にあった22.2chの環境でモニターできる仕組みです。おそらく近いうちに製品化されると思います。


Q-04飛騨高山の臨場感は大変すばらしかったですが、TOPレイヤーのマイクには、どんな音がはいっているのですか?
A:境内というオープンな空間ですので、特別明確な音が入っている訳ではありませんが、やはり臨場感に寄与するような反射音や空気感といった音です。
ここで極めて重要なのはMidレイヤーとの2レイヤー(高さの異なる同軸上)で収音しているということです。これにより上下前後左右の相関が出来、リアルな臨場感を再現することが出来るのです。



沢口:貴重な制作の舞台裏と様々な作品をデモしていただき、緒形さんありがとうございました。
おわりに
名古屋内外からたくさんの参加者を迎えての勉強会でした。残りの時間で、今回予定外でしたが、ハイレゾサラウンドの音もききたいという声があり、UNAMASレーベルUNAHQ 2005で6月にリリースしました「Four Seasons ビバルディ」192-24 5chから1楽章ずつ再生しS-HV 22.2CHとハイレゾサラウンドという盛りだくさんのテーマで無事閉会となりました。

これが名古屋人だ!設営舞台裏を紹介:
開催日の前日までに多くの機材を設置、導入して配置、計測しながら本番の準備をしていただいた関係者のみなさんの努力の一端を紹介します。是非名古屋音声人の熱意を感じてください。









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