January 16, 2014

フンクハウス・ベルリン・ナレーパシュトラッセでのオーケストラ•サラウンドレコーディングについて:SPECIALリポート

              名古屋芸術大学 音楽学部 音楽文化創造学科 長江和哉
 


1.概要
 この報告は2012年12月18日~21日にドイツベルリン、フンクハウス・ベルリン・ナレーパシュトラッセで行われた、オランダ•ポリヒムニアのバランスエンジニア、ジャン=マリー氏の録音による、パーヴォ・ヤルヴィ指揮 ドイツ・カンマー・フィルハーモニー管弦楽団 (Paavo JärviDeutsche Kammerphilharmonie Bremen) のSACD「ベートーヴェン:序曲集」(Beethoven : Overtures)の制作リポートである。この作品はサラウンドとCD-DAレイヤーを持ったSACDハイブリッドディスクとしてRCA Red Seal / Sony より2013年7月24日に発売された。(このSACDは、2箇所で録音されているが、今回のレポートは、フンクハウス・ベルリン・ナレーパシュトラッセで行われた「プロメテウスの創造物」「コリオラン」「フィデリオ」序曲 の収録についてである。尚、「レオノーレ」「エグモント」「献堂式」の録音は2010年にハンブルク•フリードリッヒ・エーベルト・ハレで同じ録音チームによって行われている。)

2.録音ついて
 録音はフィリップス・クラシックス・レコーディングセンターが源流で、1998年に独立したレコーディングカンパニーとなったポリヒムニアのジャン=マリー氏 (Polyhymnia International BV Jean-Marie Geijsen) によって、24ch DSD Surroundフォーマットで行われた。

3.制作の背景
 ドイツ・カンマー・フィルハーモニー管弦楽団は、1980年に優秀な音楽学生が集まって創設された世界屈指の室内オーケストラで、2004年からパーヴォ・ヤルヴィが芸術監督を務めている。パーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマー・フィルは、2004から2008年に、ベートーヴェンのすべての交響曲をサラウンドDSDでレコーディングを行う「ベートーヴェン・プロジェクト」に取り組んだことで知られ、その新たなリリースが今回の序曲集となっているが、そのべートーヴェンへの強いこだわりが支持を集める源になっている。オーケストラのセッション形式の録音は、その採算性から少なくなっている中で、今回のように、素晴らしいアコースティックを持ったのホールでのサラウンドによるセッション録音で作品を制作することはとても有意義なことである。収録チームは、音楽監督プロデューサーとして、これまでに多くのクラシック音楽のCDを手がけてきた、フィリップ•トラウゴット氏 (Philip Traugott) 、バランスエンジニアとして、ジャン=マリー氏 (Jean-Marie Geijsen)が担当した。

4.収録場所
 収録は1956年から1990年まで、旧東ドイツ国営の放送施設であったフンクハウス・ベルリン・ナレーパシュトラッセの Große Sendesaal 1 で行われた。この施設はベルリン中心地から12kmほど離れたベルリン南東部トレプトー=ケーペニック区のシュプレー川に面した場所に存在し、1990年のドイツ統一後は放送施設としての機能を終えたが、その後、録音施設として整備され、大中小 4つのホールと、2つのポップ•ロックに適したスタジオがあり、今回の録音はオーケストラ収録に適した一番大きなホールで録音が行われた。元東ドイツのトーンマイスターによると、旧東ドイツ時代は、政府のプロパガンダにより諸外国からの音楽の輸入が制限されていたが、この施設でポップスからクラシックまで、さまざまな音楽が収録され国民の元に届けられていたとのことである。


Funkhaus Berlin Nalepastrasse (フンクハウス・ベルリン・ナレーパシュトラッセ ) 
ホール•スタジオのレイアウト © Studio Presse Verlag GmbH from 10.2007 Studio Magazine

 東ドイツのサウンドエンジニアであるガーハード•シュタインケ氏 (Gerhard Steinke)が、ナレーパシュトラッセのホールについてまとめた、Das Funkhaus= „Stammhaus“von Rundfunk-Orchestern 
© Dipl. Ing. Gerhard Steinke によると、このホールの音響は、ウィーン楽友協会ホール (Musikvereinssaal)や、西ベルリン•ダーレムのイエスキリスト教会(Jesus-Christus-Kirche Dahlem)のように、音楽に適したよいアコースティックを得るためには、天井の高さは、横幅の倍以上必要であるという思想のもとにデザインされているとのことである。残響の平均は2秒程度であるが、S-フォームとよばれる、Sを横の時にしたように、125Hzから250Hzの残響時間が減少する独特の残響時間の周波数特性により、楽器の音の明瞭さに影響する中低域の音域がマスキングされにくく、また、150 Hz 以下の残響は、サラウンドで必要となる空間のつながりを実現すると記述があった。尚、ナレーパシュトラッセ (ナレーパ通り) は、幹線道路からこのスタジオに通じるわずか80mほどの通りの名前である。


from Das Funkhaus= „Stammhaus“von Rundfunk-Orchestern 
© Dipl. Ing. Gerhard Steinke



5.収録方法と機材
 図-1に示すのが今回の機材系統で、ポリヒムニアの機材車によってすべてオランダから持ち込まれた。コントロールルームの機材は、DAW : MERGING Technologies Pyramixを中心としたシステムでDAW フェーダーコントロール用にコンソールTASCAM DM-3200 、モニターには、L-RにB&W Nautilus 
803、C•LS•RSにB&W Nautilus 805が設置された。マイクロホンプリアンプにはフィリップスが、フィリップスレコーディングセンターのために製作したカスタムモデルが使用され、Emm Labs ADC8 / DAC8 MK IVでAD-DAされ、24Track DSDでマルチ収録された。

機材系統(図1)

Equipment

収録機材
Control RoomSurround LS
EMM Labs ADC8 MK IV / DAC8 MK IVSpecial Microphone Preamps by Philips

6.マイクアレンジ
 図-2に示すのが今回のマイクアレンジである。通常、ポリヒムニアは長年の独自の研究より、5つのオムニ(無指向性)マイクロホンを、サラウンドスピーカーの配置であるITU-R BS775を模した位置に配置する、ポリヒムニア5オムニ (Plyhymnia 5 OMNIS) を使用している。今回はサラウンドレーヤーと、ステレオレーヤーを収録したSACDハイブリッドディスクとして発売される予定であるため、メインマイクはそのサラウンドとステレオとのコンパチビリティーを追求し発展させた、Cを1つではなく2つのオープン•カーディオイドSchoeps Mk22をXYステレオ配置し、CL-CRとしたポリヒムニア•サラウンドアレイが用いられた。この方法は、ステレオミックスの際に、C = Mono 成分をセンターに定位させると、ステレオイメージが狭くなるために、ステレオミックスでは、CL-CRをL-Rに定位させ音源の定位が狭くなるのを防ぎながら、サラウンドミックスではCL-CRをMonoに合算し、Cに定位させ、サラウンドと、ステレオの双方の特性にあった方法でミキシングすることを実現するためであった。スポットマイクは、B&K 4011,4006 Schoeps Mk4,Neumann KM140が用いられ、収録する楽器の放射特性に適した指向性のマイクを、ふさわしい位置に配置しただけで、必要なスポットのマイクの音が得られる工夫がされていた。尚、ポリヒムニアは異なる種類のマイクであっても、出力ゲインが同一になるようにマイク本体の増幅回路をモディファイしているとのことである。

マイクアレンジ (図-2)
ポリヒムニア•アレイの概観





スポットマイクの概観


7.ポストプロダクション
 ポストプロダクションは、オランダのポリヒムニア•スタジオで行われたため、その詳細についてジャン=マリー氏にインタビューをした内容を以下に箇条書きで記します。

  1. 編集はニューヨーク在住のプロデューサー、フィリップ•トラウゴット氏からマークしたスコアが送られ、ジャン=マリー氏の前にドイツ・カンマー・フィルの「ベートーヴェン・プロジェクト」のバランスエンジニアであった、ポリヒムニアのエベレット•ポーター氏によって行われた。編集後、ステレオミックスを行いフィリップ•トラウゴット氏に送付し、その後、編集について幾度かのやりとりをおこなった。
  2. 編集とミキシングの最終調整を行う「プレイバックセッション」は、エベレット•ポーター氏が、指揮者のパーヴォ・ヤルヴィ氏と共に2日かけておこなった。(通常この作業はドイツで行うことが多いとのことである)
  3. 指揮者より、音楽上の編集とステレオミックスのOKがでたら、エベレット•ポーター氏は、ポリヒムニア•スタジオでサラウンドミックスをおこなった。その後、ステレオとサラウンドマスターは、オーサリングスタジオに送られた。
  4. ミキシング•マスタリングには、コンプレッサーやその他のダイナミックプロセッシングツールは使用していない。

8.おわりに
 2012年4月から1年間、名古屋芸術大学の海外研究員としてベルリンに滞在し、クラシック音楽の録音と、トーンマイスター教育の研究を行う中で、さまざまな方々の善意により多くの録音に立ち会うことてができた。このプロジェクトは、パーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマー・フィルハーモニーが取り組んできた、ベートーヴェンの全交響曲録音の集大成として行われたが、これは、決して容易なことではなく、オーケストラ、レーベル、録音制作スタッフの努力と、いい作品を作ろうというコミュニケーションがあることで成り立っているということを垣間みることができた。また、今回収録したナレーパシュトラッセのホール音響はすばらしく、サラウンド録音に適したホールで、セッョン録音が行われたことは大変有意義であると感じました。
 今回、このレコーディングレポートについて快くサラウンド寺子屋への掲載許可を頂いた、ポリヒムニアのジャン=マリー氏 に感謝いたします。


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SACD Infomation
Beethoven: Overtures
Deutsche Kammerphilharmonie Bremen
Conductor : Paavo Järvi
Released: 24 July 2013
Label: Sony Classical  SICC-10190


1.The Creatures of Prometheus (Die Geschöpfe des Prometheus) Overture Op.43
2.Coriolan Overture Op.62 
3.Fidelio OvertureOp.72c
4.Leonore Overture No.3 Op.72B
5.Egmont Overture Op. 84
6.The Consecration of the House (Die Weihe des Hauses) Overture Op.124 


Credits

Recording :
1.2.3 on December 18-20,2012 at Funkhaus Berlin Nalepastrasse
4.5.6 on July 19-21,2010 at Friedrich-Ebert-Halle, Hamburg

Produced by Philip Traugott (www.philiptraugott.com)
Balance Engineer : Jean-Marie Geijsen (Polyhymnia International)
Recording Engineer : Roger de Schot (Polyhymnia International)
Editing, Mixing, & Masteing Engineer : Everett Porter (Polyhymnia International)
Editing : Everett Porter & Ientje Mooj (Polyhymnia International)


℗&© 2013 Deutsche Kammerphilharmonie Bremen.
Under Licence to Sony Music Japan International Inc.


Profile

バランスエンジニア  ジャン=マリー•ヘイセン  
Director & Balance engineer: Jean-Marie Geijsen
1984年から1988年までオランダ•ハーグ王立音楽院で、バロック音楽を中心にクラシック音楽の録音を学ぶ。1988年から1990年はマスタリングエンジニアとしてキャリアをはじめ、フリーランスのクラシック音楽の録音と、PAエンジニアとして活動する。1990年よりフリーランスとして、フィリップス・クラシックスにてエディター、リマスタリングエンジニアとして、また、1996年にはフルタイムのバランスエンジニアとなる。1998年にフィリップスレコーディングセンターは独立し、ポリヒムニア・インターンショナルとなる。現在はそのポリヒムニアのバランスエンジニアとして、オランダをはじめ、ベルリン、ロンドンなど、ヨーロッパ各地でクラシック音楽録音を勢力的に行っている。これまでに、アルフレート・ブレンデル、リッカルド・ムーティ、小澤征爾、イヴァン・フィッシャー、アンドレア・ボチェッリらの録音を手がけている。

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