December 3, 2013

ベルリン•イエスキリスト教会でのオーケストラ•サラウンドレコーディングについて:SPECIALリポート


              名古屋芸術大学 音楽学部 音楽文化創造学科 長江和哉

 Tabea Zimmermann (viola) Deutsches Symphonie-Orchester Berlin, Hans Graf

1.概要
 今回の報告は、2012年8月にベルリン•イエスキリスト教会で行われた、ミリオス•クラシック (Myrios Classics)とドイツの公共放送ドイチュラントラジオ•クルトゥーア (Deutschlandradio Kultur 以下DLR)が、コプロダクションし制作された、ヴィオラ奏者 タベア•チィンマーマン (Tabea Zimmermann)と、ベルリン・ドイツ交響楽団 (Deutsches Symphonie Orchester Berlin 以下DSO) とのSACD「ヒンデミット : コンプリート ヴィオラ ワークス ボリーム1」(Hindemith: Complete Viola Works Volume 1) のセッションレコーディングのレポートである。 


2.レーベルと録音ついて
 ミリオス•クラシックは、ルール大学ボーフムで音楽学を学び、ロベルト・シューマン大学デュッセルドルフで、サウンド・エンジニアリングを修めたシュテファン•カーエン氏 (Stephan Cahen) によって「良い音楽を高音質のフォーマットでリスナーに届ける」ことをコンセプトとして、2009年にドイツ南西部のマインツで設立されたレーベルである。これまでにタベア・ツィンマーマンを始め、ハーゲン弦楽四重奏団などのCDをリリースしている。今回の録音のトーンマイスター (ムジーク•レジー=音楽監督) は、今回のリリース先となる、ミリオス•クラシックより、シュテファン•カーエン氏、トーンエンジニア (トーン•レジー=バランスエンジニア) は、DLRのトーマス•マナヤン氏 (Thomas Monnerjahn) によって行われた。

3.収録楽曲と制作の背景
 2013年に没後50年を迎えるヒンデミットは、生涯に600曲以上を作曲したドイツ・ハーナウ出身の作曲家で、交響曲やオペラばかりではなく、オーケストラを構成するほぼすべての楽器のための楽曲を作曲したことで有名である。また、ヒンデミット自身もヴィオラ奏者だったこともあり数々のヴィオラとオーケストラの作品を残している。その中から以下4曲が収録された。

 •Trauermusik for Viola and String Orchestra (1936)
  葬送音楽
 •Kammermusik No. 5, op. 36 no. 4 (1925) Viola Concerto
  室内音楽第5番 (ヴィオラ協奏曲)
 •Konzertmusik for Viola and Large Chamber Orchestra Op. 48 (1930)
  ヴィオラと大室内管弦楽のための協奏音楽
 •Der Schwanendreher for Viola and Small Orchestra (1935)
  白鳥を焼く男


 公共放送DLRは、クラシック音楽のさまざまな録音をコプロデュースし、外部レーベルと共同で原盤を制作しているが、このコプロデュースの内容は、録音技術、録音スタッフ、録音場所を提供して、発売は外部レーベルから行うという方法である。それらの多くは、ベルリン•フィルハーモニー (Berliner Philharmonie)、コンツェルトハウス・ベルリン (Konzerthaus Berlin)、シーメンスヴィラ (Siemensvilla)と、今回のベルリン•イエスキリスト教会 (Berlin Jesus-Christus-Kirche)で行われている。
 オーケストラのセッション形式の録音は、その採算性から考えて少なくなっており、近年はコンサートのライブテイクとリハーサルテイクを組み合わせて、原盤を制作する機会が多いのが現状であるが、その中で今回の録音は6日間に渡るセッション形式の録音であり、大変貴重な機会に立ち会うことができた。


4.収録場所
 1933年に建設されたベルリン市内の南西に位置するダーレムのイエスキリスト教会で、2012年8月20日から計6日間に渡って行われた。この教会は室内音響が素晴らしく1960年代にカラヤンとベルリンフィルが録音を行ったことで知られており、アーリーリフレクションは暗めで、残響約2.5秒程度に感じ、響きが減衰していくにしたがって「響きがビブラートしていく」と形容されるとおりの音響であった。DLRはこの教会に常時収録機材が設置してあるコントロールルームを所有しており、今回はDLRがコプロダクションする原盤制作ということで、このコントロールルームを使用して収録が行われた。


 Jesus-Christus-Kirche Dahlem
収録場所 : イエスキリスト教会 Jesus-Christus-Kirche Dahlem



5.収録方法と機材
 図-1に示すのが機材系統である。今回の録音は、ミリオスクラシックからSACDとして発売される作品のためサラウンドのマイクアレンジで収録された。DLRの収録機材は、Console : YAMAHA DM2000、DAW : Merging Technologies Pyramixを中心とし、HA/ADC : YAMAHA AD824 24ch分が教会内に設置され 、MADI Audio ServiceのYGDAI Cardを使用したMADIオプティカル接続でコントロールルームまで信号を転送するシステムであった。また、コントロールルームには、サラウンドのモニタースピーカーも常設されており、L/C/R : Musikelectronic geithain RL 903、LS/RS : 同 RL 905であった。今回は、既存システムに加え、ミリオスクラシックよりHA/ADCとして、Digital Audio Denmark AX24が2台が持ち込まれ、AES/EBU経由でYAMAHA AD824に接続された。尚、マスタークロックは、 プライマリーのDigital Audio Denmark AX24から供給され48kHz/24bitで収録された。


機材系統(図1)
Equipment

収録機材
YAMAHA DM2000
Console : YAMAHA DM2000
Merging Technologies Piramix
DAW : Merging Technologies Pyramix
Digital Audio Denmark AX24
HA/ADC : Digital Audio Denmark AX24
Sonodore Microphones
Mic PSU : Sonodore Microphones


6.マイクアレンジ
 図-2に示すのが今回のマイクアレンジである。ヴィオラソロは、通常のコンサートの配置では定位がメインマイクの左側となってしまうため、それをさけるためよりやや中央寄りに配置された。メインマイクは、Shoeps MK2SによるGrossA-B(大A-B)、DPA 4006によるKlein A-B(小A-B)、ファンタム60Vで動作する無指向性マイク、Sonodore Microphone RCM-402によるDecca Tree ''Sonodore Tree''が設置され、LS-RSはNeumann KM130が教会天井の角に向けて設置された。この
Decca Treeと大小のA-Bを配置したメインシステムは、録音後のミキシングの可能性を広げることができ、ドイツでの録音で幾度か見ることができた。
 スポットマイクは、ヴィオラソロ Sennheiser MKH 80、弦楽器 Neumann KM84、木管楽器 ワイド•カーディオイドSchoeps MK21や、オープン•カーディオイドSchoeps MK22、金管楽器 Neumann U89、Timpani DPA4011が用いられた。


マイクアレンジ (図-2)
Arrangement of Microphones

メインマイクの概観
Main Mic

Main Mic
Main Mic
Gross A-B, KleinAB
Main Mic
Surround LS

スポットマイクの概観 
Spot Mic
Spot Mic
Solo Viola : MKH80
Spot Mic
Woodwinds : Schoeps Mk21&22
Spot MicWoodwinds : Shoeps MK22Spot Mic
Timpani : DPA 4011
Spot Mic
Contrabass : Neumann KM84Spot Mic
Harp : Schoeps MK4


7.ポストプロダクション
 ポストプロダクションの詳細についてシュテファン•カーエン氏にインタビューをした内容を以下に箇条書きで記します。

  1. 編集とミキシングにおいて特に特別なことはしなかった。ソリスト•指揮者の編集のOKが出てから、ステレオと5.0ch サラウンドミックスを作成した。サラウンドはLFE を使用しなかった。
  2. タイムアライメントは、メインマイク''Sonodore Tree'' の時間軸とあうように、スポットマイクにディレイを施した。
  3. Shoeps MK2SによるGrossA-Bは使用しなかった。また、人工的なリバーブは追加しなかった。ほんの若干のEQ処理を行った。

8.おわりに
 2012年4月から1年間、名古屋芸術大学の海外研究員としてベルリンに滞在し、クラシック音楽の録音と、トーンマイスター教育の研究を行う中で、さまざまなトーンマイスターの善意により、多くの録音に立ち会うことてができた。ヒンデミットはベルリンで活躍した作曲家で、現ベルリン芸術大学の教授であったが、戦前はナチスとの関係でベルリンを離れざるを得なかったわけであるが、それらの曲をベルリンのオーケストラが、ベルリンで録音するというのはなんとも感慨深いものであると思いました。今回、快く、サラウンド寺子屋への掲載許可を頂いた、ミリオス•クラシックのシュテファン•カーエン氏とドイチュラントラジオのトーマス•マナヤン氏に感謝いたします。




CDinfo
Hindemith: 
Complete Viola Works Volume 1 (MYR010) 
Tabea Zimmermann (viola)
Deutsches Symphonie-Orchester Berlin, Hans Graf

3rd June 2013, Number of Discs: 1
Format: Hybrid Multi-channel SACD
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Der Schwanendreher concerto after old folk songs for viola & small orchestra
Trauermusik for string orchestra with solo viola
Kammermusik No. 5 Op. 36 No. 4 Bratschenkonzert for solo viola & large chamber orchestra
Konzertmusik Op. 48a for solo viola & large chamber orchestra (early edition)world premiere


Recording Credits
Location : Jesus-Christus-Kirche Berlin-Dahlem August.2012
Executive Producer : Rainer Pöllmann (Deutschlandradio Kultur) & Stephan Cahen (myrios classics)
Recording Producer,Balance engineer & Digital Editing : Stephan Cahen
Recording Engineer : Thomas Monnerjahn (Deutschlandradio Kultur)
Assistant Engineer : Maksim Gamov


(P)2012 (C) 2013 A co-production of myrios classics & roc Berlin & Deutschlandradio Kultur

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