November 8, 2013

ドレスデン近郊ラーデベルクでの教会音楽のサラウンドレコーディングについて:SPECIALリポート

名古屋芸大の長江さんから教会音楽のサラウンド制作の詳細なレポートがきましたので掲載します。長江さん、どうもありがとうございました。こうしたジャンルのレコーディングは、なかなか日本では機会がすくないので、皆さんも参考にしてください。
(Mick Sawaguchi)



ドレスデン近郊ラーデベルクでの教会音楽のサラウンドレコーディングについて

            名古屋芸術大学 音楽学部 音楽文化創造学科 長江和哉  


1.概要
 この報告は、2012年10月14日〜18日にドレスデン近郊の街、ラーデベルクで行われた、ドレスデン室内合唱団 (Dresdner Kammerchor) による、16世紀のドイツ初期バロック音楽を代表する作曲家、ハインリヒ・シュッツ作品のサラウンドレーヤーを含むSACDのセッションレコーディングの報告である。この作品はサラウンドとCD-DAレイヤーを持ったSACDハイブリッドディスクとして2013年10月4日にクラウス•フェルラークより発売された。

2.レーベルと録音ついて
 クラウス•フェルラークは、1972年に合唱指揮者であるギュンター•グラウリッヒ (Günter Graulich)によって設立された教会音楽にフォーカスをあてたシュトゥットガルトの音楽出版社である。これまでにJ.S.バッハの長男、ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハ全集など、数々のコアな教会音楽のCDをリリースしている。
 録音はベルリンを拠点にフリーのトーンマイスターとして活躍している、フローリアン•シュミット氏(Florian B. Schmidt)、アキ•マトゥッシュ氏 (Aki Matusch)によって行われた。

3.制作の背景
 ハインリヒ・シュッツは、J.S.バッハ生誕のちょうど100年前である1585年にドイツ中部のテューリンゲン州に生まれ、1617年よりドレスデン宮廷楽団付きの作曲家として活躍した「ドイツ音楽の父」と称される作曲家である。ドレスデン室内合唱団は、来る2017年にシュッツが宮廷付き作曲家となった400周年のメモリアルイヤーを迎えるにあたり、全22枚のシュッツのすべての作品の録音に取り組んでおり、今回はその10枚目にあたる「ダヴィデ詩篇歌集」 Psalmen Davids SWV 22-47の録音であった。尚、オーケストラと合唱のセッション形式の録音は、その採算性から少なくなっているが、今回の予定を確認すると、4日間のセッション録音の前後の日程で、
この楽曲を取り上げた4回のコンサートが計画されており、録音のみでなく同時期にコンサートをすることにより、十分に採算を考慮したスケジュールであった。

4.収録場所
 ドレスデンから北に15kmほどにあるラーデベルガーピルスナービールの製造で有名な街、ラーデベルグ (Radeberg) の小高い丘の上にある教会、シュタット•キルへ ラーデベルク(Stadtkirche zu Radeberg)で行われた。この教会は、400年以上前から存在し、音楽と強い結びつきを持った教会であるとのことで、今回のドレスデン室内合唱団をはじめ、数々の教会音楽の録音が行われている。アーリーリフレクションは暗めで、残響約2.5秒程度の響きに感じた。
5.収録方法と機材
 図-1に示すのが今回の機材系統で、DAW : Merging Technologies Pyramix、Audio I/F : RME Fireface UFX, Head Amp : RME Micstasy を中心としたコンソールレスのシステムで、司祭の部屋をコントロールルームとして機材を設置して行われた。マスタークロックは、 プライマリーのRME Micstasyから供給され、44.1kHz/24bit 22chのマルチトラックで収録された。サラウンド•セッションで計22chインプットの録音システムであったが、すべての機材が2人が乗ったアウディの乗用車1台で運搬できたことが印象的であった。


機材系統(図1)
Equipment


収録機材
Grace Design m802RME Misctasy ,Fireface UFXMerging Technologies PiramixMerging Technologies Pyramix

6.マイクアレンジ
 図-2に示すのが今回のマイクアレンジである。シュッツの時代の曲はメロディや合唱を2つ以上の場所に分けて交互に歌う、アンティフォナ (Antiphon)が多く取り入れられており、今回は、教会の前方の左右に、歌唱ソリストと通奏低音で構成されるFavorit-Chor IとII 、教会の後方の左右に、合唱のCapell-Chor IとIIが配置され、それらの配置の距離感がよくあらわれるように、収録がサラウンドで収録が行われた。
 メインマイクは、B&K 4006によるDecca Treeが設置され、LS-RSは可聴周波数が完全な無指向性となるノーズコーンを付けたB&K 4006が設置された。
 スポットマイクは、前方の通奏低音楽器にはB&K 4011、後方の楽器にはSchoeps MK4といったカーディオイドが用いられたが、歌唱Soloにはオープン•カーディオイドSchoeps MK22、合唱にはワイド•カーディオイドSchoeps MK21が用いられ、マイクのかぶりを考慮しながら理想的な音がスポットマイクからピックアップできるよう工夫がされていた。
 尚、録音休憩時に、メインマイクとスポットマイクとのタイムアライメント(時間補正)を行うことができるよう、各スポットマイクの前で、クリップのようなものでインパルス音を発してメインマイクとスポットマイクとの波形の時間差をはかり、DAW Pyramixミキサーのトラックディレイで、スポットマイクを遅延させ、各マイクの相関関係を考慮したミキシングがおこなわれた。

Dresdner Kammerchor



マイクアレンジ (図-2)Dresdner Kammerchor


メインマイクの概観
Main Mic

Decca Tree
LS RS
Nose Cone

スポットマイクの概観Spot Mic
Spot Mic

7.おわりに
 2012年4月から1年間、名古屋芸術大学の海外研究員としてベルリンに滞在し、クラシック音楽の録音と、トーンマイスター教育の研究を行う中で、さまざまな方々の善意により、多くの録音に立ち会うことてができた。シュッツはドレスデンで活躍した作曲家であり、その曲をドレスデンのアンサンブルが演奏し、ドレスデンの近郊で録音するというのは、とても自然な流れに感じた。
 今回の録音では、サラウンドでリアに配置される、LS、RSのマイクは、教会の祭壇部分に配置されたが、そのマイクに、特に前方の左右に配置された歌唱ソリストの声が、祭壇の奥の弧を描いた壁に反射した音がよく入っており、通常のホールではおこらない教会特有の独特な立体感を感じることができた。
 このプロジェクトは数年間で、すべてのシュッツ作品の収録を行うということであるが、これは、決して容易なことではなく、指揮者•アンサンブル•レーベル•録音制作スタッフの「良い作品を作ろう」というコミュニケーションがあることで成り立っているということを収録の間に感じることができた。今回、快く、サラウンド寺子屋への掲載許可を頂いた、トーンマイスター、フローリアン•シュミット氏とアキ•マトゥッシュ氏に感謝いたします。



CDinfo
SACD Infomation


2013/10/4
Format:Hybrid SACD, ASIN: B00G2XM5PM
infomation

Credits

Heinrich Schütz : Psalmen Davids

Orch : Dresdner Barockorchester
Dirigent : Hans-Christoph Rademann
Singing Soloists:
Soprano : Birgit Jacobi , Isabel Jantschek, Dorothee Mields, Marie Luise Werneburg
Alto : David Erler, Stefan Kunath
Tenor : Tobias Mäthger, Georg Poplutz
Bass: Stephan MacLeod, Felix Schwandtke
Recording Team: Florian B. Schmidt, Aki Matusch

(C) 2013 Carus-Verlag GmbH & Co KG


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