September 26, 2013

第83回 「THE ICE 2013 完全版」5.1chサラウンド制作 / ドイツのトーンマイスター教育とサラウンド録音について (サラウンド寺子屋塾 in 名古屋)


Reported by Mick Sawaguchi Surround Terakoya


テーマ:
● 「THE ICE 2013 完全版」5.1chサラウンド制作(110分版)   
講師:日比野 正吾 (CTV MID ENJIN)


●「ドイツのトーンマイスター教育とクラシックステレオ/サラウンド録音について」 
講師:長江 和哉  (名古屋芸術大学 音楽学部  サウンドメディアコース講師)

期日:8月26日 18:30〜21:00
場所:場所:名古屋芸術大学スタジオ CR1





はじめに(沢口)

名古屋での出前サラウンド寺子屋塾の開催は、今回で3回目となりました。
開催にあたり幹事役を担当していただきましたC-TV MID ENJINの安藤さん、そして今回 会場を提供していただきました長江さんには、感謝申し上げます。
名古屋の音声レベルは、昨年度のJPPA AWARD MIX部門の受賞数をみても大変高いレベルにあることを皆さん是非励みにして、今後もハードルの高い音声制作を目指していただきたいと思います。では、今回の進行役安藤さんから進行をお願いします。


安藤:みなさんこんにちは。C-TV MIDENJINの安藤です。今回は、私どもの番組からサラウンド制作例を報告した後、名古屋芸大の長江さんから、1年間ベルリンに滞在してトーンマイスター教育とクラシック録音制作についての研究調査を報告していただきます。


日比野:
みなさんこんにちは。C-TV MID ENJINの日比野です。私からはアイススケートのエキジビションの祭典である「The ICE 2013」の完全版サラウンド制作について報告します。この番組は、アイススケート競技ではなくアイススケートを楽しんでもらうためのエキジビションで、今年は大阪と名古屋で開催されました。2日間の名古屋開催をC-TVで担当し大阪は、CXが担当しています。昨年も同じ番組をサラウンド制作しましたが、今回大きく変わったのは、C-TVで音声中継車を更新し恒常的なサラウンド制作環境が整ったことにあります。これでサラウンド制作ワークフローが、大きく改善でき、従来の2CH制作のワークフローと同様の時間とコストで制作できるようになった点が大きな改善です。
放送形態は、サラウンドで主音声/会場音声だけの2CHステレオを副音声という多重サラウンドという形で放送しました。アイススケートの熱心なファンの方々は、解説やコメントが無い会場音声だけを楽しみたいという強い希望をもっていまして、それを実現する上でデジタル放送の特徴を利用しました。
それでは、収録からポストプロダクションまでを説明します。

会場収録とマイキング

まず全体のサラウンド デザインをこのように考えてから実際の会場をみてマイキングを検討しました。音声素材としては
   音楽と場内PA
   競技スケート音
   ワイドとアップの観客応援 反応


解説とナレーションは、同時収録ではなく映像が完成後ポストプロダクションでいれました。これは、3回の公演からベスト演技を編集しましたので完成映像に合わせて後入れしています。

新音声中継車と収録系統
今回は、音声中継車が更新されましたので会場ダイレクト サラウンドMIXが可能となりました。




音声卓 STUDER VISTA ONE COMPACT
モニターSP GENELEC 8040/8030/7060
モニターコントローラ BSS LONDON
マスター同期信号 MUTEC i-CLOCK
ラウドネスメーター FOUR BIT LM-06
音響設計 日東紡音響


収録は8CH音声記録対応のDVC-PROx2へメイン収録しニュース素材用にHD-CAMx3へは2CH収録しています。音声バックアップとしてPYRAMIX DAW24CHマルチ収録しています。

会場内スケート音は、サブMIXERでフォローし、その音声がメインコンソールへ接続されサラウンドMIXとダウンMIX 2CHを作っています。2CH MIXは、VISTA ONE COMPACT内のダウンMIX機能を使って生成しています。

マイク回線は、アナログ布線で場内150m、信号分配で100mです。幸いノイズ干渉はありませんでした。

サラウンドメインマイクは、DPA-5100を今回は会場中心の照明トラスへ吊り下げ設置しました。


AUDIENCEマイクは、ワイドサラウンド用にKM-84X8を設置。近接用は、カメラガンマイクと専用ガンマイク、そしてバウンダリーマイクを設置しています。カメラ用のマイクについては、場内PAの低域成分で歪むことがあるのでマイク後にHPFをいれるためファンタムBOXを利用しました。

PA 音楽素材は、PAから頭分けで分岐です。

信号系統
VTR送り
PYRAMIX DAW

VISTA ONEからAES OUT32CH出ますのでこれをDVC-PRO/ラウンドネスメータへ分配しダイレクトOUT 24CHはそのままPYRAMIX DAWへ送っています。不足分は、DM-1000で生成しています。
HD-CAM2CH送りはDOWNMIX OUTから送っています。スケート音のMIX OUTは別系統で2CHにまとめて収録しています。DVC-PRO8CH内訳としては、
CH01-06 ダイレクト サラウンドMIX
CH07-08 スケート音声単独
HD-CAM4CHには、
CH01-02 DOWNMIX
CH03-04 スケート音声単独
となります。

各入力のディレイやEQ調整を効率的に行うためリハーサルを収録しそれを再生しながらベストな調整を行いました。

モニターレベルは、ラウドネス運用を始めてからこれまでの78db/chから82db/chに変更しました。解説はL-Rにも25%ダイバージェンス

AUDIENCEノイズは、今回極力クリーンにしようと思い突発的なノイズや歓声などはカットしています。

ラウドネスメータの運用

LM-06の6つのメーターを以下のように使いました。
メーター01:モメンタリー ラウドネス表示 サラウンドMIX
メーター02:ショートターム ラウドネス表示 サラウンドMIX
メーター03:モメンタリー ラウドネス表示 2CH MIX
メーター04:ショートターム ラウドネス表示 2CH MIX
メーター05:VU表示 2CH MIX-L
メーター06:VU表示 2CH MIX-R
デジタル表示はVISTAコンソール表示



ポスプロでの副音声MIXのラウドネス表示は、プロツールズにプラグインで入れたNUGENのラウドネス表示を使いました。完成MIXのラウドネス表示結果ですが、
サラウンドMIX-22.0 LKFS/2CHMICX-25.5LKFS副音声MIX-25.1 LKSFでした。

今後に向けて
   今回のように会場が広い場合は、全体のサラウンドアンビエンスをワンポイントマイクでカバーするのは、無理があるので次回は、マイキングを工夫してみたいと思っています。
   テープベースからファイルベースへ
今回放送直前でコメントの修正が入りその手直しでVCRへの音戻しでヒヤヒヤしました。ファイルベースでの運用を期待しています。
それではデモ再生します。



デモ再生

安藤:日比野さんありがとうございました。参加者のみなさんから質問があればどうぞお願いします。

Q-01:突発的なノイズとはどんなものを意味していますか?
A:ちょうど生データがあるのでどんな種類か再生します。このように観客の突然の会話やマイクに荷物や足が接触した音などです。

Q-02;とても臨場感があり会場にいるような雰囲気になりました。スケート音をパンニングしたシーンがありましたが、これは現場MIXですか?
A:これはスケート音を単独で別CH収録していますので映像でパンニングが効果的なシーンではポスプロでパンニングを行いました。


Q-03:スケート音の扱いに私も苦労しています。今回はどういったバランスを心がけたのですか?
A:スケート音は、演技者のスキルによって出る大きさがことなります。あまり強調もできませんが、かといってうまいから静かな音では、競技の雰囲気も伝わりません。ですから適当な存在感が分かるレベルにしました。また公演時だけでなくリハーサルでは素材録音もして、そうした素材もポスプロで活用しました。
Q-04 DPA-5100をサラウンドメインマイクに使っていますが設置は平行ですか?角度はついていますか?
A:トラスから平行に吊り下げです。ワンポイントマイク一体なので個別の角度調整は、できません。会場の広さに比べてワンポイントマイクではカバーしきれないので次回は、別なサラウンドマイキングも検討したいと思っています。

安藤:どうもありがとうございました。では次の講演に移りたいと思います。
名古屋芸術大学の長江さんが、2012−04から2013−03の一年間ドイツのベルリン芸術大学をベースにドイツにおけるクラシック音楽教育と実際の音楽制作について調査してきました。合わせて日頃我々も経験する機会が少ないクラシック音楽制作の現状についても報告していただきます。






長江:皆さん、こんにちは名古屋芸術大学の長江です。本日は、2点についてご紹介したいと思います。私は、20124月から1年間、名古屋芸術大学の海外研究員として、ドイツベルリンに滞在し、音楽大学でレコーディングプロデューサーとバランスエンジニアの両方の要素を持ち合わせた「トーンマイスター」を養成する教育と、その「トーンマイスター」の録音技法についての研究調査を行いました。具体的には、ベルリン芸術大学のトーンマイスターコースの入試、カリキュラム、卒業試験の内容を翻訳し、実際の授業•録音実習•卒業試験を聴講し、教員学生と交流を持ちながらヒアリングを行い調査•考察を行いました。研究の成果として、名古屋芸術大学 研究紀要第32巻「ドイツにおけるトーンマイスター教育とその考察 ―UdK ベルリン芸術大学の事例より―」としてまとめ、また、トーンマイスターによる実際の録音について、このサラウンド寺子屋塾Webに「ベルリンでのオーケストラサラウンドレコーディングについて」として寄稿しました。



今日はその中から、トーンマイスター教育の概要にと、トーンマイスターの実態について、ベルリンフィルハーモニーでのオーケストラ収録等を例にご紹介したいと思います。
私が「トーンマイスター」という言葉に興味を持ったきっかけは2000年に新潟•長岡リリックホールで開催されたトニー・ フォークナー氏とウルフラム・グラウル氏による「バランスエンジニア・マスタークラス」に参加したのがきっかけです。トーンマイスターとはどんな職業なのか?日本のエンジニアとどう違うのか?などを機会があればじっくり知りたいと思っていました。

 それでは、1つ目としてトーンマイスター教育の概要についてご紹介します。


● ドイツにおけるトーンマイスター教育

◎ トーンマイスター(Tonmeister)とは 

ドイツ語でTonは音の意味であり、meisterはドイツの資格制度を意味し録音の専門資格を意味します。ベルリン芸術大学の定義ではトーンマイスターは、レコーディングプロデューサー、バランスエンジニアであり、音楽を録音する際の芸術的な部分と技術的な部分の両方の役割を果たし、そのためには音楽的な理解が必要で創造的な作業ができように音楽を聴きわける能力と技術的な知識が必要である。その仕事は音楽や映像メディアの録音制作•コンサートの音響などであり、その役割は演奏家と聴き手をつなぐことである。となっています。ですから我々の考える音楽ミキサーと音楽ディレクターのどちらも担当することができる能力を兼ね備えたものがトーンマイスターと定義されている訳です。

本来、演奏家と聴き手の関係は「生演奏をその場所で聴く」というものでしたが、第二次大戦後は一般大衆がラジオやレコードといった「新しいメディアを通じて音楽を聴く」という機会が急速に浸透しドイツでは技術的な知識と音楽的な知識とセンスをもった音の専門家「トーンマイスター」が必要になり1949 年に現デトモルト音楽大学、1970年に現ベルリン芸術大学で、トーンマイスターコースが設立されました。また、東ドイツでは、1951年に東ベルリンの現ハンス・アイスラー音楽大学にトーンマイスターコースが設立され、東ドイツ国営のレコード会社、放送局のためにに多数のトーンマイスターを養成しましたが、ドイツ統一後の1992年にその役割を終えたという歴史があります。現在では、ベルリン芸術大学 Universität der Künste Berlin(UdK) とデトモルト音楽大学 Hochschule für Musik Detmold(Hfm)2校でその教育は行われています。

ベルリン芸術大学  Universität der Künste Berlin (UdK) 




◎ トーンマイスターコースの入学試験
音楽大学の演奏コースと同等の演奏能力とトーンマイスターとして必要となる音楽スキルがあるかを問う以下7つの試験が2日間にわたって行われます。


聴音筆記試験(60) •和声学の理論に基づいた筆記試験(60)
トーンマイスター筆記試験(90) •聴音口答試験(10)
専攻楽器の演奏(10) •必修ピアノ     •ピアノ初見奏

これらは、音を聴き分ける能力や音楽学の知識、また、音を人に伝える能力、専科楽器の演奏、ピアノの演奏など、将来トーンマイスターになるための素養があるかを確実に判断する内容となっており、非常に高度な内容です。

◎ トーンマイスターの教育内容
5年以上在籍し以下に区分される科目を履修し、卒業を認められてトーンマイスターの学位が授与されます。

・音楽録音基礎   ・スタジオ技術基礎  ・録音芸術の実践
・音楽録音研究   ・演奏と音楽理論   ・音楽学
・信号処理技術   ・音響技術       などに区分されている。


1時間のレッスンが行われる専攻楽器の演奏と必修ピアノにもっとも多くの単位が割り当てられているのが特徴で、「演奏能力を高めることが、音楽の理解力を深めることにつながり、トーンマイスターとして最も大切である」ということが読み取れます。また、録音の分野は、クラシック音楽の録音を基本としながら、ポピュラー音楽や、映像分野の録音も選択できますが、現時点では約85%の学生がクラシック音楽の録音を選択しています。



ベルリン芸術大学ホールでの録音実習


ベルリン芸術大学スタジオ

ベルリン•カイザー・ヴィルヘルム教会でのライブレコーディング実習


以下リンクに、ベルリン芸術大学トーンマイスターコースのWebにカイザー・ヴィルヘルム教会でのライブレコーディング実習の模様が紹介されています。Link


◎ トーンマイスターの卒業試験

録音の実技試験「専門別録音実技」と「即興録音実技」、作品提出、口頭試問にわかれて審査されます。

「専門別録音実技」は、オーケストラの録音プロダクションを行う 「クラシック音楽録音」、任意のアンサンブルの録音プロダクションを行う、「ポピュラー音楽録音」映像にサウンドデザイン/ミキシングをする「映像音楽」に分かれています。
「即興録音実技」は、実際のスタジオワークを想定したもので、事前にどのような楽器のアンサンブルか知らされない録音を90分の時間の中で行う内容です。これらの試験内容の傾向としては、常にプロフェッショナルを意識したものであり、技術的で音楽的な思考力と、優れたコミュニケーション力が必要です。つまり、この試験はトーンマイスターコースを卒業する時点で、一人のプロフェッショナルなトーンマイスターでなければならないという考えに基づいた内容です。


◎ まとめ
ベルリン芸術大学トーンマイスターコースの特徴としては、以下の要素をあげることができます。

•演奏家と同等の高い演奏能力の習得 
•演奏家と同等以上の音を聴き分ける能力の訓練
•芸術性の養うための音楽基礎理論や音楽学の習得

言いかればトーンマイスターの教育を演奏者と同等のアーティスト = 芸術家を養成する教育と位置づけているわけです。これらのことから、音楽を録音するということは、演奏を単純に記録するということではなく、作曲家が作曲した音楽を、演奏者と録音する側が、十分に考えて表現することであり、そのゴールは、「人の心を動かす録音かどうか」を基本した教育であるといえます。


さらに詳細を知りたい方は、以下のリンクから資料をお読みください。


それでは、2つ目として実際のクラシック音楽制作の実態について紹介したいと思います。放送制作事例とアルバム制作事例をいくつか紹介します。



●放送制作事例
ベルリン•フィルハーモニーからのラジオ中継

2012415日にベルリン•フィルハーモニーで行われた、ドイツの公共放送ドイチュラントラディオ•クルトゥアー (Deutschlandradio Kultur 以下DLR)のコンサート生中継についてです。DLRのプログラムをみると水曜日を除いて毎日20:00からクラシックの中継が行われています。



◎ 日時と演奏と曲目
 2012414   8:00-  セッティング  10:00-12:30  ゲネプロ
 2012415  18:00- セッティング  20:00-     本番
 Deutsches Symphonie-Orchester Berlin Conductor : Sakari Oramo

 ベルリン・ドイツ交響楽団 指揮:サカリ・オラモ

◎ 収録場所と収録機材
 ベルリン•フィルハーモニー 大ホール スタジオ3




 ベルリン•フィルハーモニー 大ホール スタジオ3
1963年に竣工した旧西ベルリン側のポツダマープラッツにあるコンサートホール。ホールの中心に舞台を配置したヴィンヤード型のホールで収容人数2,440席、満席時の残響が2秒程度です。ホール最上階には録音•中継用コントロールルームが設置されています。
 •Console    : Stagetec AURUS, Nexus       •DAW : Piramix
 •Monitor LS : B&W 801, Musik RL 930    •REV : LEXICON 300L


フィルハーモニーの収録システムは、クラシック録音中継に完全にフォーカスされており、コンソールはStagetec AURUSが設置され、大小ホールコントロールルーム、映像スタジオ、屋外の中継車スペースまで光MADIケーブルで結ばれ、TV/R/CD制作といった混成チームで制作が行われる場合でもマイク信号は、マシンルーム内のMADI光回線パッチで3分配できるよう工夫されています。



また大ホール天井裏に設置された30機の電動リモートコントロール•マイクハンギングシステムには、Schoeps CCM (Compact Condenser Microphone) マイクシステムが吊り下げされ、短い仕込時間で音楽音質を第一に優先した録音中継が行えるようになっています。






中継は2人のトーンマイスターを中心とした、各役割を担う4人体制で行われていました。

◎ 中継のスタッフ
 •トーンエンジニア(技術監督) DLR   Dipl.-Tonmeister ベルリン芸大卒 ミキシング担当
 •トーンマイスター(音楽監督フリー  Dipl.-Tonmeister ベルリン芸大卒 ディレクション担当
 •トーンテクニック       DLR 技術担当
 •トーンテクニック       UdK 技術担当 ベルリン芸大学生






●アルバム制作事例 
ワーグナー生誕100年を記念したオペラ全曲集 SA-CD



 現在、オーケストラのアルバム制作では、セッション録音でオーケストラを確保するほどの制作コストがかけにくいので、コンサートのリハーサルと本番を収録して編集するといった方法が一般的になっています。
 バランスエンジニアはポリフェムニアのジョン•マリー氏が担当。メインマイクは、ポリヒムニアアレイと呼ぶ独自の5角形のサラウンドマイクアレイを使用していました。




今回は、L-C-Rアレイが約4m Ls-Rsは、約6mの高さでフロントマイクNeumann KM-130には音響イコライザーがつけられて高域を+2.5db強調、リアマイクは、Schoeps MK2Sという構成です。スポットマイクは、平均して2.22.3mの高さで設置しています。収録は、88.2KHz-24bit録音でSA-CDとしてリリースされました。

本制作の詳細は、以下のサラウンド寺子屋Webからもお読みください。

「ベルリンでのオーケストラ•サラウンドレコーディングについて」


●アルバム制作事例 
ドレスデン室内合唱団 ハインリヒ・シュッツ作品集

 201210月にドレスデン郊外のラーデベルグの教会で5日間の収録が行われました。トーンマイスターは、フローリアン•シュミット氏です。ハイリンヒ•シュッツの時代の教会音楽は、「アンティフォナ」という手法で作曲された楽曲が多くサラウンド向きの楽曲構成です。楽器配置は、前方左右に楽器とコーラス、さらに後方左右にも楽器とコーラスが配置され、それが呼応しあうように作曲されてています。以下に機材とマイキングを示します。





本制作の詳細は、以下のサラウンド寺子屋Webからもお読みください。





◎ 録音のフィロソフィー
ドイツでのトーンマイスターの録音についての考え方をまとめると以下のようになります。


•観客として演奏を目の前で見ている時は意識した音を目でも聴いている。
それが録音作品となったときに2本のメインマイクだけで演奏がうまく伝わるといいが、2本のメインマイクだけでは演奏の細部が伝わりにくいので、スポットマイクを使用して演奏の詳細を伝え、その曲にとって音楽的にふさわしいバランスになるようにする必要がある。

•ミキサーのフェーダーをいろいろと動かさなくても、最適な場所にマイクを置き、それらをふさわしいバランスにしたら、演奏者が十分に考えて表現した演奏が、スピーカーから自然に聴こえてくる。

•音楽のスタイル、例えば、古典派のスタイルと、印象派のスタイルとでは、
メインマイクとスポットのバランスは変化する。

•マルチマイク収録でEQすると位相の問題がおこるので、特にメインマイクは、
絶対にEQしないよう、ふさわしい場所にふさわしい指向性を持ったマイクを設置する。

•セッション録音でメインマイクをその理想的な設置場所である、Critical distance = Reverberation Radius付近に設置できる際はSchoeps MK2S  DPA4006などを使用する。

•ライブ収録など理想的な場所ではなくCritical distanceよりも外側にメインマイク設置しなければならない場合、高域を補正するために、Schoeps MK3 (12kHz +6db) DPA Diffuse-field Grid, Black (12kHz +6db) を使用するなど、マイクカプセルの選択で、高域をコントロールして、電気的なEQを一切使用しないようにする。

•スポットマイクは、ふさわしいスポットマイクの音となるよう、楽器の放射特性を考慮し、カーディオイドのみでなく、 ワイドカーディオイド Schoeps MK21や、オープンカーディオイドMK22を使用する。また、ハープ等弱音楽器のかぶりを考慮する場合はスーパーカーディオイド MK41を使用する。

•オーケストラでは、メインマイクから距離が離れる、木管、打楽器のマイクは、ディレイをとって、タイムアライメントをすることが多い。

安藤:長江さんどうもありがとうございました。私も長江さんがベルリンに滞在中の様々なレポートを毎月送っていただき、大変興味深く読んでいました。今回の話からそうしたレポートが一層現実味を増した感じがします。特に日頃はEQやエフェクターにすぐ手がでますが、マイキングの重要性を再認識させられる内容でした!では、参加の皆さんから質問があればお願いします。




Q-01 演奏には、指揮者がいて細かい指示を出していますが、トーンマイスターと指揮者の関係はどうなっているのですか?

A:実際にステージで聞いている音とマイクを通した音は異なるので、最終的にはコントロールルームで再現している音から判断する必要があることを指揮者も演奏者も認識しています。現実的にも、セッション録音は長時間の録音となり演奏者がステージとコントロールルームを何度も往復するのは物理的にも困難であるので、指揮者•演奏者と同じ耳と音楽センスをもったトーンマイスターの判断に信頼を置いています。64年のトーンマイスター教育の歴史と実績がそういった対等の関係を生み出しているといえます。

Q-02:入学試験を受ける人の優先スキルは、あるのですか?
A:やはり優先されるのは、演奏のスキルと、音を聴き分ける力をもっているかのスキルです。技術的な知識は基礎程度です。

Q-03:大学へ入ってくる人の目的は、最初からトーンマイスターを目指しているのですか?
A:ドイツの教育制度は、10歳でそれぞれの進路や進む学校がおおよそ決まってしまいます。高校を卒業後は、ボランタリー活動などで1年から1年半を過ごしてから大学を目指します。ですからその時点での目的は、大変明確になっていると思います。倍率は、大変高く、何度も受験して合格する学生もいますがドイツは、学費がいりませんので、あまり負担ではありません。

Q-04録音実習で演奏する人たちは学生が多いのですか?プロのオーケストラなども参加するのですか?
A:どちらもあります。特にプロの演奏家からは、録音の進め方について、演奏者として感じたことを、実習学生に対して色々なアドバイスを行っていました。やはりお互いの信頼関係が共通認識されているからでしょう。

Q-05:放送CDなどが混成で制作する場合のトーンマイスターは、それぞれいるのですか?
A:そうです。それぞれでトーンマイスターがいますし、MIXの場所も別々です。CD制作が入っている場合は、マイキングのイニシアチブをCD制作側がとっていました。

        

Q-06:吊りマイクが多いのは、どういった経緯からですか?
A:まずクラシック専用のホールであることと、弦楽器は上方向に音が放射されということがあります。また、ステージ上の狭い場所にスタンドを設置すると、スタンドや、ケーブルのケアをいつもしなければならないことがありますが、その心配がなくなります。ただしコントラバスやハープは近接収音するので小型スタンドが使われていますし、ソリストも近接でスタンドが使用されることが多いです。

Q-07セッティング時間が2時間と短いですがそれでいつも完了しているのですか?
A:専用ホールでスタッフも熟知していますので2時間で完了しています。

Q-08:MIXが終わったセッションの最終判断はどれが行っているのですか?
A:収録は、トーンエンジニア(技術監督)とトーンマイスター(音楽監督)2人体制で行うことが多いですが、収録後は、トーンマイスターと指揮者•演奏者が最終判断しています。




安藤:今回の講師の日比野さん、長江さん長時間どうもありがとうございました。これで3回目になりますサラウンド寺子屋塾 in 名古屋を終わりたいと思います。(拍手)