September 21, 2012

第78回 サラウンド寺子屋塾 東宝ポストプロダクションスタジオ構築の舞台裏

By Mick Sawaguchi サラウンド寺子屋塾主宰

日時 2012年7月28日 14:00-17:00
場所 TACシステムズ セミナールーム(TACセミナー共催企画)
講師:多良 政司: ㈱東宝スタジオサービスポストプロ部
   崎山 安洋  日東紡音響エンジニアリング 音空間事業本部
   柳瀬 智:    DSP-Japan


沢口:78回目のサラウンド寺子屋塾は、初めて邦画のポストプロダクションをテーマにしました。2010年10月に新築オープンしました東宝スタジオに今後の邦画音声制作のマイルストーンとなるポストプロダクション−1が完成して約2年を経た今、その建設を行った皆さんをお迎えして完成にいたるまでの舞台裏を紹介していただきたいとおもいます。
PART-01では、多良さんからプロジェクトの内容を、 PART-02では、アメリカ ソルター社のコンサルタントを受けて実際の施工を担当しました日東紡音響エンジニアリングの崎山さんから音響設計の概要を、PART-03は、そのダビングステージと試写室に導入されたフランス トリノブオーディオのルームチューニング実機の解説とデモをお楽しみください。
今回は、TACセミナーとの共催としてセミナールームを提供いただきましたTAC山本さんに感謝申し上げます。共催企画は、2011年12月のWFS音響の解説以来です。では、このプロジェクトの推進役となりました東宝スタジオサービスの多良さんから、実現までの経緯や完成したスタジオ機能について紹介していただきます。

プロダクションセータ建設までの道のり 

多良:東宝スタジオサービスの多良です。今日は、8年に及ぶ東宝スタジオの改修計画の最後になりましたポストプロダクションセンターの建設に至る経緯をお話したいと思います。最初に、全体像を理解していただく上で2010年のお披露目の際に制作しました紹介ビデオをみていただき、東宝スタジオ全体の概要を把握してください。

( DVD 再生 )

それでは、実現に至る経緯についてお話します。第1次計画が2004年〜2006年で実施され、主に撮影スタジオ関連諸施設のリニューアルが行われました。ついで2007年からポストプロダクション設備のリニューアル計画が本格的に開始されました。これまで使用してきたポストプロダクション2は、ハリウッドのサミエルド・ゴールドウィンを手本に建設され55年の歴史がありますが、ここを改修するよりは、新規に建設しようということになり2005年頃から計画が始まりました。

映画用の大型ダビングステージを建設するための参考文献はDolby社のI.アレン氏が1993年に書かれた「映画館における音響設計」指針程度のものしか手元に無かったのですが、スタジオ設備面だけでなく経営と言う立場からも、どのようなポストプロダクションが対投資効果のバランスとしてふさわしいかも検討しました。日本のポストプロダクションビジネスは、投資の割にあまり収益率が良くないという現状も踏まえなくてはなりません。また、国内では、50年以上大型の映画ダビングステージを新規建設した実績と、その音響設計に豊富な実績をもった会社も少なく、失敗の許されない今回のミッションでは、この分野の豊富な実績とノウハウを持った海外の設計メーカと連携して実施するのが賢明であろうと計画当初から思っていました。

まずは、2007年4月に各建築担当チームと東宝スタジオの建設プロジェクトチームにハリウッドの状況視察に行ってもらいました。その中で、我々全員納得したのはワーナーブラザーススタジオに12あるダビングステージの中のNO-9NO-10でした。普通のビジターでは見られない、ワーナーブラザーススタジオの細部まで見学でき、その設備や制作環境もですが、なにより音のすばらしさに納得したのです。この環境とサウンドをそのまま日本で再現したいと言うことになり、ワーナーブラザース社に正式に協力をお願いしたところ快諾をいただけまして、ワーナーダビングステージを設計したチャールズ・M・ソルター社(以下、ソルター社)を紹介してもらいました。ソルター社の経歴をみますとハリウッドの多くのダビングステージの設計に関わり、豊富なノウハウもあります。コミュニケーションの問題で多少の不安もありましたが、できあがったスタジオは私たちが目指したサウンドとワーナーサウンドも再現されており満足しています。

建物全体の基本設計は(株)竹中工務店で、音響施工工事は日東紡音響エンジニアリング(株)となりましたのでソルター社と騒音遮音設計などのコンサルタント契約を締結し、事前打ち合わせ、工事内での2回の音響実測測定の内容を決めました。

 プロダクションセンター−1の内部構成
それでは、完成したポストプロダクションセンター1の建物構成を紹介します。
入り口から制作エリアと試写エリアの動線を分けてセキュリティを確保し、ロビーや打ち合わせスペースなどアメニティーも広く確保しました。1階部分は、ダビングステージ/ADRスタジオ/Foleyスタジオと映像編集室/集中機器室で構成。2階部分は、音声の編集とデザインルームと言う構成です。

Final Dubbing Stage
 ダビングステージは、184平方メータとダビングステージ2同様に広い空間を確保し7.2mの天井高です。ここでは、今後のデジタルシネマに向けた映画館の7.1chまでの再生環境を想定したMIXINGが可能です。機材の導入方針は、完全デジタル化とその安定性、信頼性を確保する事と、メリハリをつけ、クライアントに機種の選択が可能なサービスを行うと言う観点も考慮し導入決定をしました。DAWは、PTPYRAMIXを揃えて選択可能としています。スクリーン下の各チャンネルアウトのレベル表示は、国内では東宝ダビングステージだけに続く良き伝統だと思い、今回はスタジオをすべてデジタルで構築することにしましたので、新規にYAMAKIにてVU、ピーク表示ソフトを開発してもらい37インチ市販液晶TVモニターで表示しています。

 Projectorの選定
プロジェクターの選択については、今後のデジタルシネマの普及を視野に、現状の35mmフィルムプロジェクターとの併設としています。ここは、スクリーン映写センター位置を確保するためにレールに載せた各プロジェクターを移動するという仕掛けになっています。ビデオプロジェクターについては、ぎりぎりまで決まりませんでしたが最終的にクリスティ社の4K READY DLP(CP2220)としました。海外では、VPFという映画館へのファンドシステムにより急速なデジタルシネマの導入が行われていましたが、日本でも2年程前からVPFが本格的に始まりました。いずれは4Kやハイフレームレートのデジタルシネマに移行する流れは、必然だと考えています。

Monitor スピーカの選定
モニタースピーカは、EVバリプレックス 3wayで各フロントSP基部にLFE SPを合計3台設置した構成です。また大型スクリーンの再生と旧フォーマットなどに対応したLc Rc チャンネルにはEV9040を設置しています。従来のサラウンド用スピーカは、小型スピーカを多数分散配置による拡散音場を形成していますが、今後はサラウンドチャンネルでもフロントと同様のクォリティーでサウンドデザインが行われるであろうと考え、フロントとのつながりの良い、特注の大型スピーカを分散数は両サイドで4本づつ、リアで4本の計12スピーカ構成としました。

音響特性調整
ISO-X特性については、従来はG-EQとチャンネルデバイダーの調整で行ってきましたが、映画音響再生の変遷とともに、各チャンネルのサウンドコンディションを揃えるには、アナログ調整の限界を感じていましたのでベーシックな所までは自動調整と言った機能が必要になると考え、実績は未知数でしたがフランス トリノブオーディオの自動調整プロセッサーも導入し、1年間にわたってテストをしてダビングステージ1と2、試写室で今年から正式運用を始めました。2階にあるサウンドデザインルームでも同様の考えから、映画関係ではあまり使用されていないのですが、GENELEC社の5.1ch対応スピーカとしています。

Foley/ADR/SD-ROOM
 それ以外のソルター社設計の諸設備についても簡単に触れておきます。基本は、NC値が非常に低く静かなのはダビングステージと共通です。特にFoley ステージでは、様々なFoleyを現役の効果マン達のアイデアや希望をできるだけ盛り込んでS/Nよく録音できる工夫と道具や器具を設置しています。
微細な音を収録する場合にはさらにNC値の低いブースも設けました

ADRについてもS/Nよく台詞が録音できる環境を整えました。スタジオはピクサーのADRスタジオと同じ構造で、ミキサールームが斜め後ろにあり、キャストの横顔とスクリーンが監督やミキサーから見えコミュニケーションがとりやすくなっています。いずれのスタジオも機材面ではマイクプリは、3機種用意してクライアントの選択肢を広げています。


沢口:多良さん、どうもありがとうございました。どういったコンセプトでポストプロダクションセンターを構築したのかが、大変良く理解できました。
では、PART-02では、ソルター社のコンサルティングと基本設計に基づいて音響施工を行いました日東紡音響エンジニアリングの崎山さんからここの音響面について紹介していただきます。果たして見えない部分は、どうなっているのか?大変興味のあるところです!

崎山:日東紡音響の崎山です。本日は、以下の4点を中心に音響施工のお話をしたいと思います。

● 全体プラン…スタジオの配置と遮音構造
● 各スタジオの室内音響特性
● ダビングステージ建設
● スピーカ音響調整

全体プラン…部屋の配置と遮音構造
平面計画を見るとお判りのように、上下階で隣接するスタジオが少ないため遮音対策はやりやすく、同一フロアー内でも廊下を工夫しエキスパンションをとることで、振動伝搬が低減されています。
ダビングステージは、ロックウール浮床/コンクリート固定遮音間仕切壁/独立2重PB3層の浮遮音壁という構造です。試写室は、1Fがロビーということで遮音に有利なため固定床にコンクリート固定遮音間仕切壁と独立柱PB間仕切り PB3層浮遮音壁という構造です。
Dr
ダビングステージとマシンルーム間の遮音性能は、仕様でDr値70のところ完成データは、80となりました。ADRとアナブース間は、仕様で70のところ完成データは、85です。小試写室と上のサウンドデザインルーム間では、仕様65のところ完成データは、80となっています。

NC
ダビングステージNC値は、仕様で20のところ完成データではNC-10となりました。NC値の規定はNC-15までしか規定されていませんが、NC-10は大変静かな環境が実現できたことを意味しています。Foley/ADRNC値は、10。試写室は、仕様NC-25でしたが、完成データではここも10と極めて静かです。空調ダクトは、天井裏で吹出し、部屋の側面から吸排気という構造で直接ダクトが室内に面していない構造です。

室内音響特性

コンサルタントとして参画したアメリカのソルター社からは、エリック氏が担当となり、音響基本仕様を部屋毎に提出、その中で国内消防法等に対応可能な素材をこちらで選択し、それらの吸音率データおよび材料見本をソルター社へ送り、最終的な素材を決定しています。国内では、消防法の関係から木製柱ではなくスチール製のLGSという柱を使わざるをえないため、「音鳴り」をいかに対策するかも重要になります。天井素材は、不燃認定素材しか使えませんのでウィスパーウォール工法を採用し、ファブリックはソルター社の仕様に基づいた素材を使っています。

吸音処理の仕様については、配置と大きさ 種類 厚さを使う場所によって細かく指定されますが、ここにソルター社のノウハウがあるように感じました。
例えば、壁面内部吸音処理は、側壁と壁で配置が異なっています。
Foleyステージは、床面が様々な材質で構成され反射性材料が多いので、天井にはSKYLINEという拡散体を、壁面は内部吸音を多めにして、表面は拡散パネルを多用しています。

エリック氏とは、遮音計画 音場計画について事前打ち合わせを行いました。遮音計画は、世界共通ですので、やはり我々が重視したのは、どのような音場にするのかの設計コンセプトを明確にしておくことにあります。
施工に入ってからは、

● 吸音層内部を仕上げファブリックを貼る直前でチェック
● 音出しして、びびり箇所のチェックと対策。これはLGS柱や空調ダクト等のスチール素材のビリツキを、実際の現場で関係者全員で確認
● 最後に完成後、空調騒音と残響時間特性の測定

がソルター社により実施されました。

それぞれの残響時間特性の測定結果は、500Hz
ダビングステージ:0.31sec
試写室:0.25sec
Foley0.22sec
ADR0.18sec
となっています。

ダビングステージ建設
ダビングステージは、まず部屋の中にもう一つの部屋を作るところから始めます。最初は、コンクリート浮床施工から始り、ロックウールという鉄炉スラグから造られる緩衝材を敷きこみ、上部にポリフィルムシートを敷き、鉄筋や配管を敷設してコンクリートを流し込みます。壁については、2層構造とするためコンクリート間仕切遮音壁とPB浮遮音壁、そして仕上げ吸音層の下地としてLGSスチール壁柱構造です。天井は、天井スラブから防振ハンガーで吊ったPB遮音天井、その下部に空調ダクトが入り、仕上げ天井を施工する構造です。天井は、ウィスパーウォール工法を採用しファブリック仕上げとし、空調の吸排気は周辺部から行うことで、低騒音特性を実現しています。

音場調整
スクリーン バッフル周り
スピーカが載るプラットフォームは、低域の再現性を配慮して、全面にモルタル10cmを打設し、その上に木製角材でバッフル板下地を作ります。この部分は、LGSでは、不要な「鳴き」が出やすいので木材を使っています。各SPは、L-C-R下部にそれぞれLFEを設置してあり、3waySP4way構成となり、かなりの巨大な大きさになります。その中間にはLc Rcの補完spが入っています。

サラウンドSPは、多良さんの説明でありましたようにスクリーンスピーカに使えるほどの低域まで十分な再生特性を持つ大型で重量もあり、それが12本で再生されますので、浮遮音壁とは振動絶縁し、遮音対策も入念に行いました。
LGS鉄柱は、鳴き防止のために内部に緩衝材充填と制振対策を行ないました。手間のかかる工程ですが、ビリツキのない良好な結果になったと思います。

SP調整
1mでの軸上特性測定後、チャンネルディバイダーのパラメータを設定し、サービスエリアを確認して、ホーン設置角度調整後に固定を行い、MIX席でのデータを測定します。次にISO-Xカーブを調整して、サウンドチェックで細部を詰めていきました。

沢口:崎山さん、どうもありがとうございました。見えない壁や天井裏、スクリーン裏がどのようにデザインされているかがよく理解できたと思います。では最後に音場調整ツールとして導入したフランス トリノブオーディオの概要についてDSP-J柳瀬さんからお願いします。

Trinov Audio Optimizer MC
柳瀬:DSP-JAPAN柳瀬です。東宝ポストポロダクションセンター1に導入されましたフランス トリノブオーディオ社の自動音場調整 Trinov Optimizer MCを紹介します。製品としては、2CHステレオ対応とこのMCと呼ぶマルチチャンネル対応の製品がありますが、今回はマルチチャンネル対応のOptimizer MCを紹介します。
導入までの経緯としては、多良さんから従来のG-EQを使ったアナログ調整でなく部屋やSPのクロスオーバーを効率的に調整可能な製品はないか?という依頼を受けて本機をテストしたのがきっかけです。

本機は、オーディオボードとPCが入った本体と測定用の4CHマイクという大変シンプルな構造です。リモートコントロールとしてi-PADから各種設定が行えます。
VNCビュワーソフトをi-PADにダウンロードで動作)

測定手順は、
入力のフォーマットとチャンネル数選択
出力選択
サンプリング周波数設定(max96KHz対応)
I/O選択 アナログ/MADI/AES
クロスオーバー選定 
アライメント 目標周波数設定(ISO-Xまたはフラットを選択)+ユーザーカスタマイズ
調整用信号は、1分で終了

測定位置はマルチポジションで測定しどの位置を優先するかのウエイティングを選択します。私の経験では、最適位置で一回測定したデータがバランスもよかったと感じています。データは、プリセットに保存し例えば2D映画/3D映画/音楽といった環境に応じて呼び出して変更するといった使い方ができます。

ステレオ音楽スタジオのようなシンプルなスピーカ構成にくらべマルチチャンネル、サラウンドでの制作環境では、多くのスピーカが配置されていますので手作業でそれぞれを調整していくには、限界があります。今後こうしたツールは解決策として有効なツールの一つではないかと思います。

この後セミナールームでの元々の特性と補正した特性とを切り替えながら映画や音楽素材を参加者で体験しました。

沢口:今回は、3人の講師のかたをお招きしてのサラウンド寺子屋塾開催というにぎやかな会となりました。講師のみなさん、そして毎回会場提供でご協力いただいていますTACシステム山本さんに感謝申し上げます。どうもありがとうございました。(了)

「サラウンド入門」は実践的な解説書です