October 18, 2009

第63回サラウンド塾 交響詩ジャングル大帝のサラウンド制作と大学の取り組み 冨田勳、野尻修平

By.Mick Sawaguchi
日時:2009年10月18日 14:00 - 17:00 音響ハウス 第3スタジオ
テーマ:交響詩 ジャングル大帝2009年版のサラウンド制作について
講師:冨田勳、野尻修平

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沢口:2009年10月のサラウンド寺子屋は、冨田先生の交響詩 ジャングル大帝2009年版のサラウンド制作についてお願いしました。大学と冨田研究室生徒さん達、そしてレコード会社がコラボするという新しい制作方法も、皆さんには参考になると思います。21日にリリースされる直前に寺子屋でお話いただけるのも何か得した気持ちになりますね。リリース記念の記者発表会が10ー02日に水道橋にある尚美ミュージックカレッジで開催され多くの取材陣が参加しました。


今回は、PART-02として音響ハウス田中さんのご好意でサラウンドマスタリング ルームでの石井さんによる解説とデモもありますのでそちらもお楽しみください!
それでは、制作の概要を野尻さんに、そして制作意図などを冨田さんからお願いします。

野尻:初めまして野尻です。まず最初にジャングル大帝の原盤制作をどういう形でやったかを説明させて頂きます。2009年の4月に尚美総合芸術センターという研究機関が、シンクタンクとして設立しました。これは、産学共同プロジェクトの推進、主に我々はオンザジョブラーニング、現場教育というようなスタンスを今後展開していこうという事で、教育の柱としては教養教育、専門教育生涯学習と言うような支援をしていこうという風に立ち位置を持っています。尚美学園は、冨田先生が2000年から大学で指導されていて、2006年から大学を設立して研究室があります。その指導法が、やはり実践に即した方法で、レコード用マスターデータ原盤をアーティストが作って、それをアレンジするという手法です。この研究室の指導方針は冨田メソッドと言ってるのですが、その冨田メソッドを軸に今回尚美総合芸術センターの原盤制作プロジェクトチームを尚美学園が立ち上げて今回のアルバム制作に至りました。制作スタッフは総合芸術センターの研究員で、私も研究員という立場を取っています。その他に客員研究員という形でプロジェクト単位で年間もしくは半年、外部から研究員を招くという事をしています。今回のアルバムでは、コロムビアのプロデューサーである岡野博行さんを客員研究員としてお招きして、チームとして一つのアルバムを作るという形になっています。大学の中では冨田研究室、または録音で活躍される千葉先生石橋先生の研究室に協力を頂いています。学内においては合唱サークルが参加しています。

大学、もしくは学校法人がこういったアルバムを作る事においての目的は、レコード制作におけるすべてのプロセスを研究教材にすること、尚美学院における原盤データの教材活用。これは今回サラウンドでアルバムを作るという前提にしてますので、オーケストラを出来るだけマルチの素材で録音しています。例えばそのマルチデータの素材を尚美学園の録音専攻のコースの人がリミックスをするというような授業が可能性としてあり得ます。学外においては商品、レコードを小学校や中学校で、このアルバムを聴いて鑑賞教材として使って頂こうというアプローチの研究展開をしています。その他にはマスターデータがあるので、それらを、例えばオーケストレーションを学ぶ上で管セクションだけ聴くとか、木管と管の関係性をその木管と管のミックスだけを聴いてその関係性を探るという様々な鑑賞補助、作曲の研究補助のコンテンツというものが作っていけるだろうという形で進められました。今回のアルバムは、実は1966年にLP盤が出ています。同じコロムビアミュージックエンターテイメント(当時は日本コロムビア)だったんですが、その時のアルバムのコンセプトが、手塚治虫さんのイラストと冨田先生の音楽を鑑賞するという方法で、この曲のメロディーモチーフ楽曲の使い方という楽曲解説が付随している物になっていました。そういうアルバムコンセプト、そのアルバムそのもののコンセプトを子供達に向けてオーケストラの楽器を身近に感じたり、楽しんでもらうというような要素を非常に多く持っていたので、大学としては、是非やろうということになりました。演奏は日本フィルハーモニー交響楽団、これは1966年版も日本フィルハーモニー交響楽団が演奏したこともあり、今回もお願いしました。合唱は尚美学園の新音楽集団「匠」というサークルが担当しています。パーカッションは梯郁夫さん、藤井珠緒さん参加し、ナレーションは綾戸智恵さんにお願いしました。

では、冨田先生から本作品の趣旨をお願いします。

冨田:冨田です。今日は、日曜日にも関わらず、来て頂いてありがとうございます。まずこれは、子供達向けのサラウンドなんです。実際に川越とか近所の小学校へ行って、校長先生と掛け合って、とにかくサラウンドを聴かせたい、子供達の表情を知りたいという事でパイオニアの25,000円くらいの簡易サラウンドシステム、結構な(いい)音なんですね。25,000円ですよ。凄いの作ってるんですね。それを持って、和田中学校で70人の生徒に聴かせたんです。だからスピーカーがある所、子供達みんな気がつかない、中学生が気がつかない。だけどその音はかなりのものでした。これはもう本当に。サラウンドのPRにはもってこいの物ですね。そういう風に実際に学校を回って、子供達の表情を見て非常に敏感ですから、パッと向こうから音が出るとむこうからパッと目には映らないんだけれどそっちの方を見る。それで逆にそっから子達にサラウンドは、こういったもの好むんだというような物だと逆に割り出していって、今回の物を作りました。かなり(時間が)かったのかな。
野尻: 10ヶ月位ですね。

冨田:(このところ)サラウンドというのが、実は下火になってきちゃったんですよ。レコードにおいても、放送においても。驚異のサラウンドとかいって以前は宣伝にもそう書かれて、また、ジャケットにも5.1サラウンドってのは書かれたのが、最近レコードではそういう書き方をすると逆に売れなくなる、サラウンドというのはなるベく表記しないようになりました。これはレコード会社や放送局の怠慢ではなくて、やったんだけれども全く効果が出ないから、その上サラウンドの印象からして、あの面倒くさいものかとか、ああ一時期のあれかみたいな感覚に捕われてしまうっているという広報とか宣伝の方の話でした。
今回も残念ですがあまりサラウンドって載っていないんですよね。それはやっぱり作り手の方にも責任があって、いわゆるお金を出してレコードを買ってくれる層、やっぱり家庭のお母さん方、子供達、学校関係ですよね。やっぱりその人達をターゲットにしていない。つまり結局ないがしろにしてきた。その素晴らしいサラウンド、もの凄くこれ、エジソン以来の凄い発明だと思うんですよ、さっき野尻君が言いましたけれども、これは大学として制作しました。尚美学園が制作費を負担しました。これは全ての出演者のギャラ、オーケストラ、写譜代全部そうですけれども、それで学校は支出をして、それで研究員に作らせたんですが、結局学校はそれでどうするかというと、売れた場合の原盤印税でもって回収していくという形なんです。だから売れてくれないと、これはそれこそ大学の責任者も大変な責任がかかってくると状態になってしまいます。まあその方はかなりの腹をくくるというか、そういうつもりで今回のプロジェクトを決断して、それで今回に至った訳なんです。ただやり方によっては学校で教科書に載るとか、そういうような進展をしていけば、そんなに赤字を出さないで済むんじゃないかという風に、私も言い出しっぺなので非常にその辺は責任を感じている訳です。

冨田:レコード会社も作る所までは素晴らしいもの作るけど、その結果どういう風な聴かれ方をサラウンドでしてきたかって事には割と無関心。たぶん放送もそうだったと思うんです。じゃあそれを一般の人が聴いているか、という所まではたぶん行き届いていないみたいなので、これじゃあ駄目だと。まずは子供達が子供心本当に感激するサラウンドを聴いた、これは一生忘れないと思うんですよね。だからと言う事で、今回しかも子供だからといってチャラチャラしたものではなくて、もちろんそう所も出てきますけれども非常に重厚ないわゆる普通のコンサートでも出来るような音、聴けるような音を作って、しかも手塚さんの持つ手塚イズム、もうこのストーリー御覧になれば、まあ私が色々な説明する必要はないと思います。この映像は静止画です。なぜ静止画にしたかといいますと、私らが子供の頃テレビアニメとかゲームとかいった物は無かったですから、紙芝居なんです。紙芝居のおじさんが子供達が遊んでいる路地に自転車で来て、それで戦時中でもそのおじさんの話とそれで絵だけで、その世界の結構イマジネーションが広がった、色々なものを想像していたんですよ。それが最近のアニメはきっちり出来ちゃう、音もきっちり出来ちゃうとそれ以上のイマジネーションが私達に湧かない、これはアニメにしようという計画もあったんですが、とにかく静止画の方がいいんじゃないかと、静止画にしたのはそういう意図です。綾戸さんの説明は紙芝居のおじさんを私の子供の頃を思い出して、大阪弁丸出しのすごい肝っ玉おばさん、話し方でぎょっとするかもしれませんが、まあでもなぜ綾戸さんかといいますと、いわゆる東京弁のお上品な方のアナウンスですと「さあ、みなさん」てな感じだとなんか通り過ぎちゃうんですね。で、やっぱり大阪弁、お笑いもそうですけれど、大阪弁てのは面白いですよね。「はい、みなさん!」から始まりますよね。みんなハッとなる。つまり、あなた方1人1人に私は問いかけているんですよっていう喋り方。綾戸智恵さんの場合は老人老後施設なんかに行ってそれでピアノ弾いて歌を歌って老人相手の事、また、お母さんの介護をされているって事もあるんですが、したがって範囲が非常に広いんですよね。だからいろんなナレーションの候補も挙がりましたけれども、結局綾戸さんでいこうと、まあ最後も「みんなも頑張らなあかんで」みたいな言い方、これがもの凄く子供の印象に残ると思うんです。

野尻:次に、具体的な商品の内容について説明させて頂きます。作品は、2枚組になっています。高品質のハイクオリティCDの2chステレオ、これは綾戸さんのナレーションの入った状態のシンフォニーが入っています。もう一つがDVDになっていまして、こちらは2chステレオと5.1chサラウンド、これはドルビーデジタルとDTSで入っています。もちろん音声切り替えでナレーションのオンオフの切り替えが出来るようになっていて、静止画が付いている。字幕をつけていまして、いわゆるナレーションをOFFにした時のそれに変わる簡単な物語への導入を役割で入れています。英語と日本語両方入れていまして、メニューはこういう形で本編、DVDを再生すると形になっていますが、チャプターが切れていて1曲につき1枚の絵が書いてあります。これは冨田先生がジャングル大帝というアニメに音楽を作曲された後に(ジャングル大帝)交響詩を作るという事で、(ジャングル大帝)交響詩に対して今度手塚さんがイラストを描いていくっていう事をされた。物語は第1部と第2部に分かれています。作品はステレオ再生がナレーションなしとあり。5.1サラウンドもナレーションなしとありっていう二つのバリエーションが入っていて、基本的にナレーションがあるものはDolby Digital、ナレーションが無いものはPCMかDTSという形です。交響詩だけを聴きたい方は音質優先という事でこのエンコードを選んでいます。字幕がオンオフもちろん出来ますので、これだけ単純に考えても12通りの試聴方法があります。特典メニューにはですね、ブックレットには先ほども御説明しましたが、1966年版には楽曲解説が載っています。その解説と連動したフレーズがここで聴けるようになっています。これは35個のフレーズが入っていて1曲、1つ選ぶとこういう形でメインテーマの弦のセクションだけ聴くというような特典を入れています。ここにブックレットのサンプルがあるのでご覧下さい。

冨田:つまり今の音はストリングスのパートのみを聴くことができます。他のホルンだとか打楽器、ティンパニーは入っていませんよという。
野尻:最初のメイン曲の重要なモチーフだったり、メロディっていうのをセクションの楽器であったり、特定のパートのみを聴く事が出来るという形になっています。例えばその具体的にキャラクターを演じているシーンがある場合ですね、その音だけを聴いて頂く事によって作品の構造なりを理解して頂く事が出来るかなと。例えば「のこぎりざめ」とか、これはファゴットだけの音が聴く事が出来ます。特典メニューに、子供達やご家庭の方達が分かりやすいようにですねサラウンドのチェック音声というのも入れています。これは普段我々が使うのはピンクノイズとか、そういうテスト信号が多いと思うのですが、これはご家庭の方が分かりやすいように、楽器の音、今回はパーカッションの音を使ったんですが、こういった形でチャンネルチェックが出来るようになっています。早送りして頂くと、どんどん飛ばしていけるというような形になっています。今日はマスターデータを持ってきていますので、DAWから圧縮していないシンフォニーと綾戸さんのナレーションが入ったものを試聴して頂きたいと思います。

(デモ)

野尻:ここまでが第1部という事でです。(一同拍手) 物語の境目なのですが、いかがだったでしょうか。
冨田:子供達だとね、ここで休憩入れないと。(一同笑い)
野尻:小学校で子供達に作品を見せた時には、このパンジャの死っていうのがインパクトが非常に大きかったです。感想文を書いてもらったんですがそのパンジャの死の曲の部分が印象に残ったっていう感想を多く貰いました。それでは後半を再生します。

(デモ)

野尻:以上で本編再生となります。(拍手喝采)
では、制作過程を説明したいと思います。企画自体が最初に立ち上がったのは、おそらく2009年1月とか2月位です。大学で予算執行が決まったのが、2月、3月位で実際に動き始めたのは4月です。その4月から始まってオーケストラのスコアの新たな編曲を加えるという事がありました。

5月
1ー2日 オーケストラ録音
15日 音場演出担当決め
20日 効果音屋外録音
26日 試聴会

7月
3日  ラテンパーカッション録音
11日 合唱録音−01
16日 小学校鑑賞会
31日 字幕版試写会

8月
20日 オーケストラ追加録音
29日 合唱録音−02
31日 ブックレット制作

9月
1日  ナレーション録音
12日 字幕翻訳
14日 マスタリング
18日 DVDオーサリング

10月21日 リリース

冨田:裏話をしますと45年前にこのスコアを書きました。それでコロムビアで録音をしたんです。この時は石丸寛さんの指揮で同じ日本フィルハーモニーで。その直後に虫プロダクションが、あっちこっちでコンサートをやった訳です。忘れもしない赤坂の都市センターホールですね。あの時は秋山さんの指揮だと思うんですけれど、私はもう忙しくて他の仕事をやってますから、それに立ち会ってられない。その後、色々な団体からあの譜面を借りたいという依頼があって始めてあっそういえば、どこいったかなっていうような感じなんですね。結局都市センターホールにそのまま忘れていっちゃったのでパート譜を含めて掃除のおじさんが廃棄しちゃったんです。それをもう一回書くっていうのは、いや書かなくちゃいけないっていうのは思っていたんですけれども、やっぱり他の仕事もあるし、どんどん先の事やりたいので、書く気はあったんですが結局譜面なしで(今まで)きちゃったんです。今回の尚美学園の話があったので、今年の1月から書き始めました。若い頃は3日位徹夜しても平気だったんですがね、で、徹夜をやったんですよ。そうしたら肺に水が溜まってきちゃって、集中治療室に入れられて点滴だなんだってやっているうちに最後のパートが終わっちゃいました。(一同笑い)
野尻:先生が退院されたのがオーケストラ録音(5月)1日の3日前という事でかなり緊張感のある中で、このアバコスタジオでオーケストラを録ってきたんですが、もちろん非常に体調優れない中でも先生には現場にいらして頂いて音の確認はして頂きました。実際の録音ですが、これがスタジオのマイクの配置です。

アバコスタジオの301、302の2つのスタジオを使って録りました。というのは、この作品はサラウンドで音を動かしたりするので、(音の)分離が必要になるものが絶対的に必要で、音量の大きいもの、例えば打楽器とか金管楽器っていうのは、どうしても音が入ってきてしまうので、完全に隔離するような状態を最初にイメージしてやっています。楽器の配置を見て頂くと、ここには弦楽器と木管楽器と打楽器がいます。ここの真ん中の部分が弦楽器で、この真ん中にコンダクターがいます。で、この遮へい板の後ろに木管楽器がいるという配置になっています。こういう余った所はですね、まあブースに入りきれなかったので、これはシロホン、マリンバ、チェレスタっていう打楽器の鍵盤なんですけれど、それも遮へい板で分離して入れるっていうような録り方です。基本的にコンダクターの指揮の映像を見ながら、イアモニ(イアーモニター)で他の楽器の音を聴いて、みなさんに演奏して頂くという方法になっています。これは藤岡さんに振って頂いているシーンなんです。藤岡さんの後ろが遮へい板になっていて、ここに木管楽器がいると。このビデオモニターを見ながら木管(楽器)を演奏して頂くと。イヤモニ(イヤーモニター)はこういう小さいものをして演奏しています。金管楽器やその他はどこにいったかというと、隣のスタジオ連動して録るという形をとっています。もう1つのスタジオのフロアにはトランペット、トロンボーン、チューバがいます。ホルンは基本的にレオのテーマ、パンジャのテーマという、いわゆる主人公格のキャラクターのメロディを演奏する事が非常に多いのでホルンのブースの中に入れています。その他にコントラファゴットは独立した音で聴けましたけれど、そういうは事前に、こういう感じでマトリックス(予定表)を組んで、この楽器はブースで録りたいので301スタジオの一つのブースだけ常に開けておいて、この曲はこのソロ楽器そこ行ってやりますっていうような形で随時配置換えをしてやるという方法をとっています。これがホルンですね。2日間かけて録音したんですが、だいたい1曲に掛かっている録音時間、収録時間っていうのは1時間程度でやっています。

野尻:今回の作品には効果音が非常に多く出きますが、港の音などは大学院の研究室の(大学)院生が実際に港に行って、その音を録ったものを使っています。録音できるものは出来る限り録って作ろうという事だったのですが、急ブレーキ音だったり、ジープが沼に落ちるようなシーンっていうのはなかなか収録方法が難しかったので、ライブラリー(効果音集)を使っています。効果音録音も実際に横浜の港に行って、Holophone H2 proいうワンポイントでサラウンド収録できるマイクにローランドのR-44 の4chレコーダーを2つ連携(シンク)させて8chで素材を録っています。マルチ(チャンネル)で録るものと、マイクを2本だけ持っていって、水のチャプチャプした音とかもっと素材を細かくは録っています。それを持ち帰って冨田研究室にあるサラウンドで試聴出来る、ミックスダウンが出来る環境があるので、そこでミックスをしたものを実際のシンフォニーの中に入れているという風な流れになっています。この汽笛の音も、毎回船がどのタイミングで汽笛を鳴らすかっていうのが分からないので、基本的に1日張り付いて、下見の時にだいたいこのタイミングで鳴るっていうのと、フェリー乗り場の人に聞いて、鳴らすタイミングっていうのを確認して、でも鳴らなかったりていうのはあったんですが、2日間かけて録っているので基本的に良い音は録れ、港の音は非常にうまくいったと思います。

ミックスとオーケストラもそうなんですけれど、24bit、48KHzのwavファイル形式で、録音は基本的にPro Toolsで録っていますが、ミックスはNuendoで全てやっています。今回1部と2部、16曲のシンフォニーがあるんですけれど、ミックスダウン、サラウンドミックスについては尚美総合芸術センターの研究員と、大学院生が3名で、割り振った状態になっています。ミックスの割り振りというのをも、オーケストラが最初に録音されて、された時点で、冨田先生からこの箇所、この箇所、この箇所っていう最初にお題が出まして、それを全員がミックスしていって聴いてじゃあ君はこれだねっていうような雰囲気の判断、コンペ(コンペティション)っていうと大げさですけれど、担当者を決めています。

沢口:3人ともNuendoでそれぞれミックスして持ち寄りということですか?
野尻:はい。自宅なり研究室を使ってミックスしたものを毎週冨田先生に確認して頂いて、3ヶ月位かけミックスをしました。先ほどのオーケストラでパーカッションが完全に中に入ってるんですね。いわゆるラテンパーカッションのコンガとかボンゴとか、それに加えてトライアングルとか金物系も全部混ざったブースの中に入っているので、なかなかパーカションをバラバラにするっていうのは難しかったんですね。最初のハンターが来たというシーンでパーカッションから始まる曲なんですけれど、バラバラに四方からいきなりハンターが飛び出してくるっていうイメージを実現する為に、パーカッションは録り直しています。これも録音はコロムビアの方にお願いしているんですが、その冒頭の部分のジャングルの朝のテーマの冒頭に部分と、ハンターが来たの部分のラテンパーカッションをマルチで。で、これもオーバーダビングでやっているので、一つのパートが全部モノラルでバラバラで録っているという状態になっています。こういった過程を踏んでいって、徐々に徐々にあのオーケストラが録れて、パーカッションがバラバラなものがそろってっていう風な素材が出来て、ミックスも毎週金曜日に冨田先生が監修される中で作られていった訳です。この制作過程の中で色々な人に聴いて頂く機会を学内で設けています。制作過程で尚美学園大学の授業の中で、今ジャングル大帝の制作をこういう形で進んでいるという事と、音楽のデモをして、その印象を制作にフィードバックするというような手法をとっています。高城西小学校という川越にある大学の近くの小学校でも鑑賞授業をおこないました。この時はまだ映像制作であったり、字幕であったりナレーションだったりというのは、まだプランとしては固まってはいなかったのですが、漢那研究員は、実際にイラストを拡大したものを印刷し、それを見せながらシンフォニーだけのサラウンドの音を聴いてもらって、子供達がどういう反応をするか、よりジャングル大帝であったり、サラウンドが描いているような空間をイメージする為に補助するものは、どういう要素が必要かっていうので字幕がどれくらいの量が必要であるであったり、ナレーションがどれ位の量必要であるっていうような判断など、検討を進めていきました。こういうことも大学であるからこそ可能なのかとは考えています。もちろん学内の音響に詳しい方とか、あるいは音響機器メーカーの方がスピーカーをご提供頂くって機会があって、その方に来て頂いてサラウンドで試聴会を開いたりだっていうような外部の方を招いた試聴会も合わせて行っています。この時は、終曲が出来ていなくて製作中ですって言った試聴会でした。こういった過程を経て、字幕を作っていく形になります。一つの曲の中でだいたい3、4回のキーワードの字幕の入れ方なんですが、基本的に物語のストーリーを補助するような形で綾戸さんのようにこう、ぐわっといく感じではないんですけれど、今のシーンがどういう感じでっていうような事が分かるような字幕を入れています。この字幕は冨田先生が自ら考えられて、オリジナルの原稿になっています。
野尻:終曲の録音が杉並公会堂で、さっき先生がおっしゃったように、日本フィルハーモニー交響楽団の通常の練習するお昼休みを使って機材をガッと持ち込んで、1時間30分くらいで録り終えたセッションです。これも一応マルチでは(マイク)立てています。アバコスタジオの場合はマイクは40本以上立てトラックも40トラックから42トラック位をミックスしています。セクションごとの若干のバランスは取れる録りました。ですが基本的に金管楽器と打楽器はすごく音が大きく、全てにかぶってしまいます。なのでOnの金管楽器入れずにまわりから拾っている金管楽器の音を主体としたミックスにすると全体のバランスが非常に良くなるのですが、先ほど言いましたようにOnの音が少し遠くに聞こえてしまうというのは、バランスのサジ加減という風にようにして、私がこのミックスは担当しました。それが終わった後に最後の曲にも合唱が出てくるので、合唱はオーケストラを録った後ではないとレコーディング出来ません。なのでオーケストラ録音の後に合唱を録っています。これは、尚美学園の新音楽集団「匠」というサークルの人にお願いをしました。そこで、尚美学園大学のスタジオを使って学生によって全ての合唱を録るという事をしました。もちろん指導教授が監修と言う形で学生の横にいてフォローアップするという形ですが、基本的に学生主体で合唱パートの全てを行いました。これも大学の中では実践指導と言う形で位置付けをしています。ミックスは、スタジオに行っては冨田先生がスコアを見つつ聞いてもらうというような感じでした。

それからナレーションについては原稿が全てのシンフォニーの音が録れて音が固まった状態で、綾戸智絵さんにサラウンド版の音源をお渡しして,実際の打ち合わせでもサラウンド版を聞いて頂いてからナレーション原稿をお渡しして、それを元にある程度アドリブが付くようにナレーションをして頂きました。CUE出しは冨田先生が、実際に綾戸さんがしゃべっている目の前にいらっしゃって、ここで話しだすというようなCUEを出すように行いました。もちろんリアルタイムでその台詞を使う訳ではないので後で前後してミックスを調整するという風にしました。このナレーションもコロンビアの塩澤さんに録音をお願いしました。ナレーションの整音まで含めて塩澤さんにやって頂いて、そのモノファイルを尚美学園大学に持ち込みミックスしました。これで全体の形になってマスタリングを終えて作品になっていった訳なのですが、DVDのメニュー構成から字幕をOn/Off、ナレーションのOn/Offという風にどういう形で作品をパッケージに落とし込むかというのは、ずっと制作過程の5月からオーケストラを録って、とりあえず録った音を聞いてからまたそのどういったものを盛り込んでいくかというのを考えながら作っていきましたので、非常に長い期間をかけて行っています。5月1日の録音から最終が9月18日までかけて制作したということです。
ホームページを今研究員が作っていまして今回の作品制作の一連のプロセス、本日お話ししました事もそうですが、より詳細なものをそこに掲載していこうと考えております。そのホームページというのが2つあるのですが、背景が黒い方が紹介サイトという事でクリエーターやスタッフのインタビューだったりプロダクションノーツだという事で制作過程を細かくレポートでプロデューサーのコメントみたいなこの箇所はこのように録ったという風に書いています。あとサラウンド鑑賞のための教材として学校の先生がこのサイトを見て頂いた時や、学校でホームシアターセットを購入した時にどういうしたら良いですなど、最初にお聞かせしたパーカッションの素材も載せていますので、そういう素材を使って子供たちと楽しくサラウンドスピーカーのセッティングをしてくださいというコンテンツを配信していければ良いなと思っています。それからもう1つの明るい方のホームページは鑑賞教材としてテストで作っているというものです。現在小学校と中学校の2つの学校で鑑賞授業の事例として、冨田先生や研究員が学校に行って学生に聞いて頂いて感想文のようなものを書いてもらうようにしても良いですし、ジャングル大帝の手塚先生の絵を見ずに子供たちに絵を描いてもらうという授業を行ったりしています。なのでそういったものを2つ目の鑑賞教材としてサイトに載せて行こうと思っています。

(2009年)10月21日に「ジャングル大帝」が発売されるわけですが、これからの予定と致しましては、コンサート用のスコアを発売する事になっていますので、それを尚美学園大学もしくは写符関係の人たちに作って頂いて、ジャングル大帝のシンフォニーのフルスコアをレンタルするということと、あとはポケットスコアのような形で小さいフルスコアを尚美学園大学で制作して発行していきたいと考えています。冒頭にもお話し致しましたがマルチデータの教材化ということで、例えばミキサーを志す人が今回アバコスタジオで録った約40トラックのオーケストラのマルチ音源をどのようにミックスするかというように実際の商品になった素材を使ってミキシングを学ぶというようなものです。これを学校に配りますと色々なところに流出していきますので、どこまでやるのかというのは、これから検討課題です。あと指導者がその素材を使って実例として学生に見せるというのでも良いと思います。鑑賞家用材という事で、今回サラウンドで「ジャングル大帝」の世界をイメージしてもらい、子供たちの想像力を養ったりまた、音楽コンテンツとしてのサラウンドの魅力というのも伝えていきたいという事で、やはり若い子供たちや、一般家庭のお母さんや、中々オーディオに興味がない方が、音楽のサラウンドというものに少しでも興味を持って頂ける展開として小中学校での鑑賞授業、生涯学習コンテンツとして例えば楽器ごとの素材でより楽しんでもらえるようなパーカッションの音だったり、マルチチャンネルで録っているのでミックス出来ると思います。最初にお話ししましたように、木管楽器と管楽器のバランスを自分でミックスするとか、そういうインタラクティブなものも出来るかも知れないですし、大学の中で色々な研究室がでいろんなものをそれぞれやっていますので、応用してもらえればもっと面白いものがでてくると思っています。それらがコンテンツの配信というような形です。

沢口:それでは、みなさんたくさん質問もあると思いますので.質問タイムです。

Q:学校の先生方は指導要綱を見ていると思うのですが、その中にサラウンドの鑑賞という項目を新たに入れるようにするにはどうすれば良いのでしょうか?
野尻:そうですね、実際に1966年のLP版は鑑賞教材として文化庁から奨励賞かなにかをもらっていましたので、今回の作品も出来れば推薦を受けてより多くの子供たちに届くような流れを作っていけるようにしたいとは思っています。

Q:スコアを作った場合にオーケストラの楽器では無い音例えば、先ほどの港の音ですとか鍵の音ですとか回想シーンのフェードアウトフェードアウトみたいなものはどういう表記にするのでしょうか?
冨田:一応スコアがコンサート用のスコアとして今作っています。それはすでに関西フィルハーモニー管弦楽団で藤岡幸夫さんが8月にコンサートを行っています。それは完全なスコアではなかったのですが。その時にこの回想シーンのところの音は良く、ワーグナーやヴェルディで楽屋で楽器を演奏させてそれが廊下などに漏れて聞こえる効果を狙っていますよね、そのつもりなんです。ですからそれをステージでやる場合は全部金管楽器にミュートを付けて。私はうまくいくかなぁと思ったんです。でも、結構これもうまくいくんですね、弾き方にもよるんでしょうけど。なので一応コンサート用としてスコアは出すつもりです。その部分というのはその時に指揮をされる先生の考えでこれは舞台裏から聞こえてきた方が良いと思えばそのような効果なりますし、要するにあれは舞台裏の音です。なので、基本的な事はスコアに起こし、アレンジはそれぞれの先生方によって変わるということです。それから今回ナレーションが入ると分かりやすい、伝わりやすいということに気がつきました。なのでスコアにこれはどういうところにどういうナレーションがというのをスコアに入れようかなと思っています。だからあそこの部分は結構苦労しました。
野尻:そうですね。回想シーンはやはり異次元になるように作っています。

Q:前回(1966年)の石丸さん指揮の時は、どのような方法でしょうか?
冨田:あの頃はマルチトラックレコーダーというのがなかったので、いきなり2チャンネルにダイレクトレコーディングなんです。まだノイズリダクションがなかった頃で、1回ダビングすると(テープのノイズ)が増えちゃうんです。それは途中ですり替えると、どうしてもそこでノイズの段差が付いてしまうので、それはしょうがないという事で割り切ってやったものなのです。それにしてはステレオフォーマットが出来て間がない頃ですが、良くやったなという気がします。

Q:ネズミのシーンのところで、エレキギターのミュートはどのようにしているのですか?
冨田:研究員の漢那君が(エレキ)ギターを弾くので新たに録音しました。
野尻:エレキギターでスライドバーでこするような感じで演奏しています。
冨田:せっかく苦労して入れたんだけれども最近の子どもってネズミの鳴き声って知らないんですね。(一同笑い)かつてはこういう動物がいたんだっていう感じでした。

Q:小中学校で作品制作の途中や終わった後で授業を行っていますが、サラウンドで聞いてどのようなコメントがあったかというのを教えて頂けますか?
野尻:特徴はまず音が動くことに感動する子どもたちが非常に多かったことです。例えば、さっき話題に出てきましたネズミのチュンチュンという音はエレキギターの音色だけを動かして、それはどこにいるか、みたいなゲーム感覚みたいなサラウンドの音を先に聞いてもらってから、今度はシーン音を聞いてもらったりという工夫をしていて、単純にパンジャが迫ってくるような弦の合奏が動くとやはりイメージに近いものに感じるという感想が非常に多かったですね。

Q:拒否反応みたいなものはなかったですか?
野尻:それは全くありませんでした。乳井研究員は実際に見学されていますので、詳しくご説明出来るかと思います。

乳井:初めまして、尚美学園大学で野尻とともに尚美総合芸術センターで研究をしております。私は音は全くの素人なのですが、今回このプロジェクトに関わらせて頂き、小学校や中学校の授業に同伴をし、その時の子どもたちの反応を見て参りました。2、3、6年生にを対象に何クラスかに分かれまして3,、40人ずつ音楽教室にサラウンドスピーカを設置し、いろいろなデモンストレーションをしたり作品を聞いてもらったりしました。みんなスピーカから出てくる音に寄っていくようにして「こっちから音が出た!あっちから音が出た!」というように好奇心旺盛に聞いていました。それから小学生と中学生では授業の進め方を変えました。小学生にはホルンのパートのみのサラウンド音や音場表現として楽器に担当させた色々な動物の音を出し、これは何の動物を表しているかというクイズを出したりしました。この時点では綾戸智絵さんのナレーションは入っていなかったのですが、やはり子供たちに集中して聞いてもらうには紙芝居のようにお話を見せていったら良いんじゃないかということで、1枚ずつ手塚治虫さんの絵を子供たちに見せながら音を聞かせました。それから小学校の授業の出来事で大変私が感動した事がありました。小学生に鑑賞が終わった後に感想文と時間があればジャングル大帝の絵を描いてもらったのですが、パンジャの絵をすごく上手に描いた生徒がおりまして、校長先生とその授業の後懇談をさせて頂いた時に「すごく上手ですね。」と言いましたら、その生徒は授業の中で自分から手を挙げたり、発表する事がなかったそうです。しかし、その子が感想文を書くだけではなく動物の音クイズをした時に真っ先に手を挙げて自分の声で発言をしたそうです。それを音楽の先生や校長先生がご覧になって本当に授業1つ、音楽1つで子供の心は変わるのだなという事を感動されていました。
その後、和田中学校へは冨田先生ご自身がいらっしゃいました。2回授業が行われ、その中の1度がNHKの「課外授業ようこそ先輩」を取り得れた形で実際先生のヒストリーをお話ししながら作品に至るまでの話を講義形式で体育館で行われました。その後70人くらいの授業に分かれて音のみの状態で聞いてもらった後で絵を描いてもらい、そこにイラストレーターの方がアドバイザーで入られて、彼女自身も音を聞きながらどんどん描いていくというスタイルの授業をしました。その授業も実験的なのですが、それは和田中学校というのが杉並区の民間の先生を校長先生に招くという、すごくラディカルな教育スタイルを取っているところでもありますので、そういう環境の中でこの音を聞いて頂いたという事です。授業自体も実験的でこれから色々な展開を考えていく事になると思います。

Q:色々オーケストラを録音されたりしたり、スケジュールとして色々な方が動いてブッキングなども大変だったと思うのですが、それは研究員の方が調整したのでしょうか?
野尻:はい、そうです。
冨田:野尻君が原盤制作の総合プロデュースでした、それから私は作曲者という立場と(プロデュースを)どうするか、作曲者の立場から監修するということでした。良く聞くと、ミックスダウンの仕方がそれぞれ3人とも個性があって違うので、違って良いと思うので、ただ手塚治虫さんの思想というのを壊してしまうといけないんだけども、それはみんな理解していたんで良くまとまったんじゃないかと思います。
野尻:原盤制作と教材展開と大きく柱は分けていて、原盤制作あっての教材展開なのでレコードをちゃんと商品として制作するというのを大前提にしています。その部分を私はメインとしてやらせて頂いて、漢那研究員は原盤制作ではクリエーターとしてミックスもして関わり、その後の子供たちに伝えるための試行を考えて、ブックレットの解説もその後授業に使うためにどういう言葉でどれくらいの優しさで、あまり幼稚じみたりし過ぎると大人が読んだ時に物足りなかったりしてしまうので、今回プロデューサーの岡野さんが尚美の客員研究員という形で入っていますので、一緒に相談しながら決めていきました。
すごくチャレンジなプロジェクトで大学の実践と言っても(大学の)授業の中に組み込むというのは出来ません。やはり土曜日、日曜日を使って有志の先生に協力をお願いして行うという形を取ったりしました。尚美総合芸術センターが、こういう大きな作品を発表出来た訳ですから、通年の1つのプロジェクトとして毎年継続出来れば良いなと思っています。

Q:制作途中でお子さんを含め色々な方に視聴して頂いて、そのフィードバックによってミックスを変えたり作品に何か変化が生じたことはありましたか?
野尻:はい、ありました。例えばエライザの話のシーンで後ろからチェロの音が鳴っていて前からは回想の音が鳴って音質が変化していて音が動いてしまうようなシーンは音質にこだわる人によっては「なんでそういう音質なの?」というような発想の方もいらっしゃるんですね。なのでそれはうまく工夫しました、少し音質によってイメージが良くなかった場合は、もう少しイコライザで変えるのではなく、リバーブなり音像で変えるなりというのは工夫しました。回想シーンは割と実験的なところで特徴を持っているので、そのミックスは漢那君がやったのですが、彼も非常に苦労をしてミックスをしていました。後はホールトーンに関してもリバーブの使い方や色々な意見があったのでそういうものは参考にしました。

Q:主にオーディオなどそういうものを視聴される方の意見を聞いた事が多かったのでしょうか。お子さんの意見で大きなところの意見を変えるというよりも専門家などそういう方の意見をお聞きになりましたか?
野尻:何と言いますか、自分で言うのも何なのですが子供たちの評判は非常に良かったんです。(一同笑い)このままで良いんだなというか。

Q:3人の方が長時間ミックスされたとおっしゃっていましたが、3人の中ではどのくらい共通項があったのでしょうか?3人でミックスすると(全体では)バラバラになると思うのですが。最初どうで、最終的にはどのようにしたのかという事と、3人でミキシングをして良かったのか、それとも大変だったのでしょうか?作品のミックスは大変素晴らしいです。
野尻:私も本当にミックスを3人バラバラに行って一本に繋げた時に、ちゃんとした作品になるのかなというのは心配していたのですが、結論から言うとお聞きいただいたように、違和感はなかったと思います。で、今回は院生も(ミックス担当者に)いて経験値の浅い学生もいたんです。サラウンドの作品を常に作っているような学生ではなかったので、その部分はやはり割当を工夫しました。例えば、16曲ある内の半分以上は私がやっていて、4曲ずつ漢那君とその学生が担当して、例えばハンターのシーンなどは学生がミックスをやっていたんですけれど。あれは1ヶ月かけてミックスをしました。それを冨田先生が実際に研究室で指導されて、それがそのまま作品になっていくというような形を取っています。それぞれ3名が数ヶ月間他の人の曲も聴いていますので、前後でどういう音があってどういうリバーブが使っていて、その曲のつなげ感は最後の部分で1ヶ月かけてやっています。
7月の後半から全曲通して常に聞いて、ここはリバーブが深いのに次の曲に移ったら、いきなりデッドになって音が変わっちゃったという事がないように調整し、両方のミックス者で相談しながらやっています。で、効果音も私の部分で同じ嵐のシーンなんですけれど、違う人がミックスしたり音を作っていたりするので、それも音が合うような整合性というのは後半で取っています。

Q:3人でミックスを行って、これは面白かったというのことや、ミックスのすごいアイデアが出来たというのはありますか?
野尻:ミックスに関しては冨田先生のスコア自体が完全にサラウンドになっていて、奇抜な新しい世界がドンと来てしまうというものではきっとないと思います。
冨田:君(野尻さん)だって経験していると思うだろうけれど、例えばハンターが来た場合の音も、やたら音を動かしたから良いわけじゃないんです。私がオーケストラのスコアを描く時に、ここへホルンが来て、ここに木管が来て、ここにコーラスが来るというように、スコアを色々配置をする延長として、この移動を考えてくれたので、子どたちもシンクロして気持ちが乗っていたと思います。だけれども、その辺の兼ね合いというのが非常に難しく(音の)移動をやたらすると、確かに音が動いているのは分かるんだけど、その必然性というのが我々が判断するのではなくて、聞く側がそれに気持ちがシンクロしていかないと意味がないので、なおかつ、スコアの雰囲気がそれによって良く分かるという感じで。というなところで苦労はしたと思うんですけど、ちょっと動かし過ぎだって私は言ったんだけれども。(一同笑い)
(音の動きを)止めるとつまんないんですよね。その兼ね合いというのは、これから色々と手がけて勘というのか、やはり妙味というヤツですよね、理屈じゃない部分というのはあってそれをうまくつかまないと、例えばレオがエライザのところへ行こうとした時の音ですがあれを右と左と弦で分けたら全く面白くないと思うのです。なのであの辺りも色々試行錯誤した部分だと思うんだけれども、要するに私は妙味の部分を使っています。理屈じゃないところをね。これは全てに共通すると思うんだけれども、なぜココから音が出たんだ?というのは説明出来ないですよね。だけど、何かそこはかなっているところがなくちゃいけない。それは「妙味」だと思うんです。

Q:色々な動物の特徴を捉えた音楽あったなかで、モグラをイメージしている部分がすごく印象に残ったのですが、あのファゴットはどのようにモグラを表現しようという流れになったのですか?
冨田:私がナレーションの原稿を書いたんですが、要するにあそこで誰もいなくなっちゃった、迷っちゃった訳ですよね。ナレーションの綾戸さん自身が。実はこれは曲の方が先で、特に何も考えてはいなかったのですが、あのような表現が良いなと思いモグラにしました。

Q:今回の作品を学校の教材に出来たら良いなという話がありましたが、具体的な計画はありますか?
野尻:やはり学校の授業として教科書に載るというという、実際に音楽の教科書に楽器紹介として掲載された経緯も過去にあるので、今回の作品はサラウンド作品なので、そういった要素も含めてやはり学校の教科書に載るというのが1番理想的かなと思っています。
冨田:あの時(1966年のLP版)のはちゃんと出来る先生がいなったんです。というのは、LP(盤)だから音楽がスタートと同時にストップウォッチを押して、何秒目に何の楽器が出てくるかという書き方だったので、いくつものポイントが出て来た場合にそれは指導しきれなかったと思うから、その点は今回の作品は、きちっと、もうフルートというところをクリックすれば、そこの音が聞けるので、それで指導はしやすくなったし、野尻君たちが苦労したんだけども。あれが(以前教科書に載ったものが)文科省の推薦を受けて学校の教科書になったのであれば、今回のものはもっと(教科書に)載りやすいと思うだけども、具体的な方法はまだです。
野尻:小中学校で持ち出しで授業を行ったように、事例が増えていって学校の先生同士のホームページのコミュニティのようなものの数が増えれば、サラウンドのスピーカセットとサラウンドソフトのレンタルだけで、先生方がチャレンジしてみるという流れが出来ることを期待しています。やはり現場の先生方が楽しんでそれをやってみようかなと思うような流れの蓄積が、文科省に通りやすいのかなと思います。学校など色々なところで鑑賞をしてみるという事例をとりあえずこの数ヶ月活動を致しまして、そこからこの商品がパッケージになりましたけども、それにもう1つ何か加える事によってもっと授業が出来るというようなものがあればそれを作るということも大学として考えるべきだと思います。

Q:それは例えばどのようなものですか?
野尻:それは授業を行った時のフィードバックによって、そういう展開があるのかもしれませんということですね。厳密なプランは今はないのですが多くの子どもたちに聞いてもらうという事が1アーティィストとしてもこれからサラウンドで音楽を作るという事においては非常に重要なアクションだとは思っています。

Q:学校でサラウンドを再生した時はどのようなスピーカを持ち出したのでしょうか?
野尻:Pioneerの3万円くらいのものです。基本的に(スピーカは)3万円以上のものは使わないと思います。

Q:小学校にはサラウンドを聞く設備はないと思うのですが、そのレンタルという形ですよね?
野尻:はい。

Q:小中学生が初めて5.1サラウンドを聞いた子もいれば、もしかしたら家のサラウンドホームシアターを組まれている家庭もあると思うのですが、その経験の差は音が周りで動いたりする事にありましたか?
乳井:今回の小学校と中学校では事前に、ご家庭にホームシアターがあるかどうかというのは確認をしないまま行いまして、ただみんな小学生に関しては大体見るからに音を探すというか初めて聞くというような感じでしたので多分そのような環境にはほとんどないのではないかと思いました。
冨田:ホームシアターがあっても、子どもをあまり入れさせないでしょ。(一同笑い)
乳井:両方公立の小中学校だったりというのもあると思いますし、そうですね。あと反応の仕方は家庭環境の問題もあるかもしれませんが、学年で全然カラダでもってワッと驚く学年と小学生でも5、6年生とか中学生になると、どっちかというとロジカルに考えるようになりますので、反応の仕方はどちらかというと年齢差が大きかったように思います。

Q:鑑賞は音楽の教材として小中学校でやられたという事ですか?担当してくださった先生は音楽の先生が主ですか?
野尻:そうですね。鑑賞は授業としては音楽ではないかもしれないです。

Q:ストーリーもしっかりしていますし、国語でも図工でも色々なところで、音楽以外でのアプローチなどでも、すごく広がるのではないかと楽しみです。
乳井:実際この手塚治虫さんのジャングル大帝の話は道徳の授業で、子どもたちが既に親しんでいたそうで、ジャングル大帝を知っているという小学生であっても、それが前提(道徳の授業で知っていた)であるみたいでした。ですからストーリーは割と知っていて、それから音楽を聴いたのが小学生ではそのような反応でした。

冨田:これは私の想像なのですが、実は手塚治虫がこのジャングル大帝を描き始めたのが1950年。となると昭和25年かですね。実はその2年前に南アフリカのアパルトヘイトが始まりました。要するに白人が全部牛耳ってしまい、しかも白人が乗っている電車に黒人がうっかり乗るとそれでもう逮捕されたり人種隔離政策を法制化してしまったわけです。なのでタイミングからするとジャングル大帝のなかの動物狩りなどに対する何か。レオは何かというとマンデラですね。つまり結局マンデラの努力によってアパルトヘイトがなくなった訳ですよね。多分そこに手塚さんが問題提起をはっきり出すんではなく、それを匂わせるような出し方だったんじゃないかと思います。手塚さんの作っているものというのは、ブラックジャックでも、ブッダでも、何かそこにあるんですよね。私が最後に手塚さんに会ったのは、日仏の文化サミットでお互いの文化を交流させるというもので、手塚さんはアニメで、私は電子音楽で行ったわけですけれども、その時に手塚さん、奥さんを初めて(フランスに)つれてこられてもう亡くなる前でしたね、それでこれからベートーベンの伝記を書くんだと大作を。それで12巻くらいになるということでそのために奥さんと一緒にウィーンへ行ってベートーベンの生家を見てくるんだと言ってました。なので相当そのウィーンには手塚さんとしては意気込みがあったと思うんです。ところが2巻目でガンにかかってしまい、発見された時にはもう手遅れだったということで、入院してもアニメを描いていたらしいのですが、家族の皆さんの話によると寝ててもアニメを描いていたと言います。それが手塚イズムというか、是非に及ばずという、自分がもう死ぬと分かっていてもアニメで自由な発想が浮かぶというのはすごいと思いましたね。なのでそのような思いが今回の音楽の中にもあって、結構書き直した訳ですけども、基本的には同じですが音の厚みなどはかなり前のものとは違うと思いますが、その手塚イズムというものが表れていればみんなが何かそこにあるものを読み取って聞いてくれるんじゃないかと願っている訳です。これは私の思い込みなのでいかがなものでしょうか。そしてそれは子どもたちにものすごく必要なところだと思います。

Q:2チャンネルのミックスと5.1チャンネルのミックスとあったんですが2チャンネルの方はオーケストラの(コンサートでの)配置を考えてミックスしたのですか?
野尻:いえ、それはしていません。基本的には(2チャンネルのミックスは)ダウンミックスで作っているので、LRで動くようにそういう効果が得られるようなミックスになっています。

Q:そうすると、オーケストラの5.1チャンネル放送の時とかは、やはりコンサート会場というものがベースになっていると思うのですが、それはこの2チャンネルでも、5.1チャンネルでも、特に今回はそういう意識はなかったのですね。普段作曲家の曲をスタジオでレコーディングするためのスコアを書いたりという仕事をしている立場で聞きたいのですが、その時は作曲家さんの意図を表せるようにスコアを上書したりパート譜にする時もすぐ見て吹いて頂いたり出来るように割と慎重に書いたりすると思うのですが、今回の場合は一応これが別録りになるからということで空いているブースにソロの方に入って頂いて録ったという事だったんですけども、それは楽譜の時点でこれは別録りになるという指示が奏者さんのほうにはあったのですか?
野尻:奏者の方にはなかったです。現場でお願いしました。

Q:クレッシェンドなどの強弱はオーケストラをそのままレコーディングする時は細かい表現になってくると思うのですが、その後にミックスをするという事で、またその強弱が違ってくると思うのですが、これはまたコンサート譜にこれからなるという時には例えばレコーディングの時はフォルテだったけどコンサート譜ではフォルテッシモになることありますか?
冨田:あんまりこれはフェーダ(でレベルを)上げれば良いという事を期待してしまうと、強く吹いている音と弱く吹いている音は違うので、それ(録音時に)はずいぶん配慮したつもりです。そのマンガ的なものはレオが小さい窓から外へ飛び出していくところは、あれは少し誇張しましたけども、基本的にはなるべく演奏上の楽器の強弱を尊重したつもりです。要するにマンガ的な表現のところは別として、特に金管楽器などはフェーダーで操作すると間抜けな音になってしまいますので、それはあまりしませんでした。

Q:音の定位決めなどはどのようにやっていったのですか?
野尻:基本的にはミックス者3人がラフミックスを作ってそれを冨田先生に聞いて頂いて、その方向性が間違いでなければその形を詰めていくというような流れでした。

Q:そこで問題とかは発生しませんでしたか?冨田さんの音の定位のイメージは伝えられたのですか?
冨田:あまり前とか後ろとかそういう考えではなく、私が基本的に考えているサラウンドというのは自分たちが町へ出た時に四方八方から音が聞こえて、例えば銀座で時計台がありますけども、時計台があるほうが必ずしも正面とは限らない訳で、なのであまり定位は考えていません。ただやっぱり子どもたちが聴く場所という意味では、ナレーションは前から出るようにはしていますけども、ただそれもおまかせだと思います。今回の作品では後ろのスピーカから出てくるエライザの音もあります。
野尻:作曲の意図、このモチーフがどこに繋がっていて、どのように動くからこう言う表現だったり情感だったりというのを作っているんだと言うのを先生に伺うなり、自分でイメージするものをミックスをして聞いて頂いて、明らかに作曲者がイメージしない楽器の音こんなに後ろから出てきて動き回ったらアンサンブルも壊れますし音楽そのものが死んでしまいます。それは聴いて頂くだけでも分かるのでそのような積み重ねで詰めていくというような感じですね。また、オーケストラを録る時点でこの音は完全に独立して録っておかないといけないということである程度構成というか、ハンターなどは完全にバラバラにして、あっちこっちから逃げ回るというようなシーンという土台がありますのでそれはこの1枚の絵から連想される情景であったりなどがフォローしてくれるというようなことでしょうか。
冨田:今回出来るだけ子どもたちの反応で、何が正解かというような、私の方からこう言うやり方というようには、あんまり皆には言いませんでしたね。それよりもお母さん方や子どもたちが、どう感じるかをターゲットとして進めました。なので小学校へ行って子どもたちの反応を見たりしました。
野尻:制作期間は非常に長く丁寧に作業しましたので、そうした意図が十分出来たと思います。例えばこれがもっと短く2週間くらいでそれぞれバラバラにミックスしてすぐにスタジオ入って繋げるという風になっていればつながりが雑になるかもしれませんが、ミックス担当者も作曲者自身も3ヶ月くらい聴きながら反応を見ながらということを、ずっと続けていたので1番ベストな形を取れたのかと思います。

Q:それに関して(1966年)石丸さん指揮の2チャンネル版などは参考に聴いたのでしょうか?
野尻:それは各担当者に聞かないと分からないですね。私は聞いていません。ただ同じものを作っても意味がないのでそこはオリジナリティーをどう作るかというのはこだわって、それぞれ頑張ったと思います。

Q:先ほどステレオは基本的にダウンミックスとおっしゃっていましたが、前と後ろの表現はダウンミックスするとステレオで音が出なくなる事があると思うのですが、その辺りはどういう風にしましたか?
野尻:基本的にダウンミックスはセンターだけ少し下げるように、基本的にイーブンで作っていてダウンミックスするという風にしました。普段も常にサラウンドスピーカを並べているのではなく、ダウンミックス状態で聴いてミックスもしてます。なのでサラウンドだけ作り込んでから最後にダウンミックスというようにはしませんでしたので、ステレオにした時のイメージのずれはもちろんないですし、リアの音がダウンミックスされたからといってバランスが崩れたというような事はなかったです。例えば前のLと後ろのLは全く同等のものとして扱っています。

Q:(ダウンミックスすると)よく前のスピーカと後ろのスピーカの音を掛け合いする時に、サラウンドでは後ろに広げても掛け合いが分かるのですが、それをダウンミックスすると舞台上のトランペットと後ろでなっているトランペットが混ざってしまったりするため、そステレオにした場合、定位を左と右に振ったりしますがそのような事は最初から作り込んでいく上で問題が起きないように考えていたという事でしょうか?
野尻:そうです。ミックスもそれを意図してやっています。
冨田:基本的にオーケストラの配置というのは私はあまり信用していないんですね、大事なのは作曲者の意図がどう観客に伝わるかということですね。

沢口:冨田先生、野尻さん、そしてサラウンドセクターのスタジオを提供して下さった音響ハウスの田中さんスタッフのみなさん、今日はどうもありがとうございました。(拍手)

熱心な質疑応答の後、2チームに分かれて音響ハウスサラウンドマスタリングルームの解説とデモをマスタリングエンジニアの石井さんからお話いただきました。現状のシステム構成や作品毎のコンバータやケーブルのこだわり。そして最近のブルーレイへのオーサリングプロセスなどをデモを交えて体験しました。


[ 関連リンク ]
「源氏物語幻想交響絵巻・完全版」「惑星(プラネッツ) Ultimate Edition」サラウンド制作について 冨田勳 2011-07-10
トミタメソッド研究室
交響詩「ジャングル大帝」2009年改訂版(DVD.CD付)
野尻修平 公式サイト
音響ハウスサラウンドセクター

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「サラウンド入門」は実践的な解説書です

October 1, 2009

第65回 サイトウキネンフェスティバル・スクリーンコンサート:実践5.1ch サラウンド番組制作


By Satoshi Inoue 井上 哲 + 鳥羽 正生氏(エピキュラス)


“これまでに様々な演目機が生中継され、また2007年には当日に台風が直撃、開催が危ぶまれたものの、関係者の熱意ある対応でなんとか開催、レインコートで雨に打たれながら映像に食い入る観客の姿は今もスタッフの目に焼きついているという。(中略) 日本でもSHOWとしてのオーケストラPAが認知されて行けば、確実に機会が増えて行くと思います。”
月刊FDI 2009/10(PDF)より

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