April 30, 2006

第31回特別サラウンド塾 カナダMcGill大学の音楽教育 Wieslaw Woszczyk

By. Mick Sawaguchi日時:2006年4月30日
場所:三鷹 沢口スタジオ
講師:Wieslaw Woszczyk(McGill大学音楽学科)
テーマ:カナダMcGill大学の音楽教育

沢口:2006年4月の寺子屋は、カナダ モントリオールにあるMcGill大学音楽学部で録音科マスタークラスを担当しているWieslawを講師にお招きしました。海外からの講師は、2005年12月のサラウンド エンジニア エリオット シャイナーについで2人目となりました。Wieslawは、現在AESの会長でもありまた日常は大学で学生指導の教鞭をとっています。今回は約2ヶ月という期間でNHK 技術研究所の招聘研究員として来日中のタイミングをとらえてこの寺子屋で映像と音の相互作用というテーマで話してもらいます。彼とは、1991年のAES/SMPTE 合同コンファレンスで知り合って以来のサラウンド ファミリーでもあります。
Wieslaw:皆さんこんにちは。Mickの主宰しているサラウンド寺子屋で皆さんにお話できることを大変嬉しく思います。特に今日は冨田勲さんも参加しており私も光栄に思っています。ちょうど4月の末に山東省済南市で行われたサラウンドセミナーに参加したおり、AKIRA FUKADAがデモしてくれた冨田勲幻想コンサートがすばらしかったので、是非お会いしたと考えていたところです。今日のテーマは音楽がフィルムやビデオなど映像と融合した場合にどう表現されているかについてお話します。最初に映像と音の相互作用、役割についてお話します。永年音楽と映像表現について研究してきましたが、フィルム制作者が持っている音楽表現の内面を映像で表そうとする姿勢には深く同感しています。一方ビデオによる表現では、そうした芸術的な表現という点がおろそかにされているとのではないかと感じています。

まず、映像と音の相互関係について様々な研究者が研究してきた内容をまとめてみました。
● 映像に同期した音は映像をより効果的にする。
● 逆に音に同期した映像も音をより効果的にする
● 音が映像より遅れる許容範囲は40msec以内である。
● 音は遅れるより早くなるほうが目立つ
● 音が早くなった映像は、遅れている場合より不快に感じる。
● 同じ映像でも品質の良い音がついている方が好ましく感じる。
● 大画面の映像は小さいときより高品質と感じる
● 大画面になると再生音量も上がる
● モノクロ映像よりカラー映像で再生すると音量が大きくなる
● 映像があると音だあけのバランスにくらべより存在感と音量を求められる
● 音は映像の存在感を高める役割をする
● 映像を提示すると音声の理解度が高まる
● 無関係な映像に規則性のある音を付加すると映像に一定の意味がつく
● 無関係な映像が提示されると音の理解度は低下する
● 映像の提示があると音の定位は向上する
● 映像の提示があると音の最低可聴レベルは低くなる
● 音のきっかけがあると映像から特定の目標を選択する時間が短縮する
● 音があると移動映像を検知しやすくなる
このように音と映像との関係は単独に存在した場合に比べ様々な相互作用をもたらしています。こうした結果はミキシングエンジニアが大きさの異なったダビングステージで映画のミキシングをした場合に経験則でどうバランスをとればいいのかを知っていて最適なミキシングを行っているといった事象として活用されています。1938年という時代にMaass は無関係な映像をランダムに提示し、そこに規則性のある音を付加するとあたかも意味のある映像に感じられるといった研究を行っています。またMITの研究では同じ映像に同じ音でも異なった品質の音を提示していくと品質の良い音との組み合わせでは映像の品質も向上したように検知されるといった結果がでています。

次に映像と音がプラスに作用するための要素について述べます。
● 同期している
● 同じ空間を共有している
● 強さが一致している
● 映像のサイズと音の大きさ、強さが一致している
● 品質が一致している
● 音にリズム性がある映像を支配している
こうした組み合わせがうまく作用すると映像や音が単独で存在した場合にくらべはるかに大きなインパクトや感動をリスナーに与えることが出来ます。

こうした特徴をたいへんうまく活用したのが映画だと言えます。映画は
● 現実を凝視してダイナミックな再現を行う
● 納得性のある細部を描くことで物語りを形成する
● 台詞・音響効果・音楽の融合
● 5感を刺激する

偉大な映画製作者は、すばらしい観察力を働かせ、一番すばらしい瞬間をとらえ 映像と音それぞれの要素を相互作用させる能力を持っています。この素質は音楽家であれ、ミキシングエンジニアであれみな同じような視点で作品に立ち向かっていると言えます。例えばミュージシャン自身もお互いの演奏を聴くという観察を通して相互作用を行いすばらしい音楽を作り出しているわけです。

次に述べるのはそうした作品を生み出す上でどういった要素が必要かを提示しています。
● 感動するものを見いだす
● 良いストーリーがある
● よいリズムがある
● リスナー・観客が受け止める気持ちを手助けする
● 役者やミュージシャンの思いを反映する
● 受け止める刺激が退屈にならないようなメリハリをつける

観察力を表現する映像としてはクローズアップという手法があります。ミュージシャンの演奏中にその顔のアップをいれるといまどういった気持ちで演奏しているのかが観客によく分かります。またロングショットではその音楽がどんな環境で演奏されているかを提示することができます。

話はここまでにして、こうした例のデモを再生したいと思います。これはマーティンスコセッシ監督が制作したThe Bandの「ラストワルツ」というコンサート、ドキュメンタリーです。1978年にThe Band 25周年を記念してマスターテープから再MIX したDVDです。

(再生)

Q:これはどういったマスターからリメークしたのですか?
A:多分映画のオリジナルサウンドトラックからリメークしたのだと思います。当時のレコーダであれば8トラックか16トラック録音または4トラックくらいで録音したマスターからのリメークではないかと。拍手がモノーラルなので残念ですね。ホームで聞いた場合には、リアが分散していないので一層シビアに再生されます。

ここで強調しておきたいのは、ミュージシャンの表情が大変よくとらえられており、かつ全体がリスナーに十分考えられるロングショットをじっくりと提示しているバランスにあるのではないかと思います。最近のM-VIDEO監督などは煩雑なカットの積み重ねを多用しますが、そうした手法は受け手に混乱を生じかねないからです。また暗い場面も多いですが、これは見えすぎによる平板さを避け画面に奥行きを作り出しています。最近のビデオは、何でも照明があたりすぎで明るすぎる傾向にあります。また最近のソロ演奏者の傾向としてビジュアルに気を遣いすぎる傾向があり、髪を長くしたり ドレスをきたりアップに耐える容姿に気を遣っていますが、体全体からでる感情という点では意図的になりがちです。

ではもうひとつ再生しましょう。これはR&Bソウル歌手アル グリーンのゴスペルというドキュメンタリーです。ここでのポイントは、制作者の優れた観察力、カメラを意識しない自然な表情、リスナーが見たいと思う映像がタイミング良く入っている、起こっている環境がよく分かる、見るひとに感動がある。といった点です。

では最後にビデオ制作の例をおみせします。これは私の友人でもあるエンジニア・プロデューサのG/マッセンバーグが自分のセッション風景をハイビジョンで撮影し自ら編集したビデオです。ここでは、音楽を映像で表現する場合の好ましい編集例として聴いてください。

沢口:どうもありがとうございました。残りの時間でこれ以外にも何か質問があれば、お願いします。特に今日は若手の皆さんが多いので大学での指導など聞いてみたいことがあればなんでもどうぞ。

Q:McGill大学でサラウンドはどう教えているのですか?
A:私の大学は音楽部という中に音楽演奏科と研究理論科の2つがあり、さらに研究理論科は6つのクラスにわかれています。作曲 指導 歴史 技術 録音 理論クラスです。サラウンドは、このなかの録音クラスでマスターを勉強している6名の生徒ですが、彼らに教えています。マスタークラスは2年ですがその後ドクターコースに入る人もいます。彼らは4-5年おもに研究に専念しています。マスタークラスでは彼らは学内の演奏科から様々なミュージシャンにきてもらい、様々な手法で録音しています。火曜日が録音クラスで録音の時は録音だけに集中し、翌日に「分析」というクラスでそれらを一定の採点項目で採点しながらお互いに評価する時間があります。ここでなにが良くて何が悪いのかお互いに議論して判断力を養うわけです。サラウンドに関しては、360度水平面だけでなく2つの上方チャンネルについてその効果や従来との相違点などを分析しています。録音もモノーラルからステレオ、そしてサラウンドを経験させることで幅広い視点を持つことが出来ます。

もうひとつ力を入れているのは、「聴音分析ANALIZE」という授業です。これは、あるポイントの周波数を持ち上げたり、下げた音をきいてこれをオリジナルに戻すといった訓練です。これを2音年間行うと実際の録音現場などで生きた人間測定器になり的確な判断が下される人間になります。

Q2:今最も関心のあるテーマはなんですか?
A:色々あって一言ではいえませんが。実際のアコースティック音を越えた電子音による表現を研究しています。実際のLIVE がいつも完全とはいえませんからね。もうひとつは我々が音を検知する部分が耳以外でどういった検知方法があるのかの研究です。我々は体感振動で音を検知している部分もあるのではないかと考えているからです。もうひとつは、映像のサラウンド版3-D 映像と音との融合です。

Q3:譜面から作曲を考える場合に、空間も考えた作曲指導という方法はとりいれていますか?
A:そういった方法はありません。作曲の教授は大概クラシック出身でコンサートホールでオーケストラを演奏するといイメージで生徒に教えています。ですから電子楽器を音源として家庭のスピーカ再生を前提にしたような作曲方法を教える人がいません。デジタル音楽スタジオというクラスがありここではどう音源をつくりそれらを利用して作曲するかというのがありますが、そういった方法はまだありません。作曲科学生と教授と録音科の学生でプロジェクトを組んでサラウンドを作曲することはありますが。

沢口:今日参加の野尻さんは、いま冨田門下の大学院生で、そうした作曲方法に大変関心を持っています。自身でもすでに2枚のサラウンドDVD-A をリリースしているサラウンド作曲家でもあります。彼の作品があるので聞いてみますか?

(再生)

Wieslaw:これは大変興味深い楽曲ですね。こうした作曲方法を行っている作曲家はほとんどいませんね。大変先進的な作曲方法だと、感銘をうけました。これは学生時代に制作したのですか?
野尻:そうです。あまり機材も音源もありませんでした。でも最初から空間を考えた制作をしました。今再生した作品は、ひとつの言葉を提示しそれをリスナーが色々に想像しながら音楽を聴いて欲しいというコンセプトで制作したもです。
Wieslaw:冨田門下生といっていましたが、冨田さんからはどんな影響をうけましたか?
野尻:私は「月の光」を聞いて冨田ワールドにすっかり魅了しサラウンドの世界へはいってしまいました。冨田さんからは、作曲の段階から空間を考える重要性を教えて頂きました。またモノーラルからサラウンドまでいかにコントラストをつけて楽曲にエネルギーを与えるかも大変参考になりました。門下生は当初30人いましたが、最終的に残ったのは、1/10の3人だけという厳しい指導でしたけど。(笑い)今回はMcGill大学の学生の制作作品など持ってきていないのですか?是非聞きたいとおもっていました。
Wieslaw:昨年9月から海外にでているので残念ながら持参していません。野尻さんも是非我がクラスで紹介したいと思います。
イチロー:今日は私もサラウンド録音の素材を持ってきたので聞いて欲しいと思います。これは大田区民ホールで録音したポーランド出身のピアノソロコンサートです。少し距離をとりすぎたかも知れませんが。

(再生)

Wieslaw:私と同郷のピアニストということで興味深くききました。どんなマイキングで録音したのですか?
イチロー:5チャンネルのメインマイクにピアノのスポットマイク2本で計7チャンネルです。
Wieslaw:大変豊かな空間が再現されたいい録音ですね。サラウンド録音はこれで何回くらいですか?
イチロー:これが初めてです。寺子屋で色々勉強したことを実際に応用してみました。少しピアノが遠い感じがしたのでMIXの時にスポットマイクのレベルを足しています。メインマイクは、最初INA-5のように配置しましたが、これだとピアノが大きすぎるのでフロント3チャンネルは全てステージに正面に向くようにして、リアも同様にしました。ピアニストはポーランド出身です。

WIESLAW:初めてでこれだけのサラウンド空間をとらえていれば十分ですね。ナイストライに拍手します。こうしてみんなが勉強した成果を持ち寄ってノウハウを共有できる場があるのは、すばらしいですね。海外でも色々なサラウンド作品をじっくり聞くチャンスはそんなに多くありませんから。

17:00終了予定が19:00まで色々な話題が飛び交いました。お互いが議論するという雰囲気がそうさせたのでしょう。恒例アフター5では、みんなが自己紹介を英語でやりました!! Wieslawは、みんながミュージシャンであったりエンジニアであったり作曲家であったりとそれぞれの立場でサラウンドの世界に挑戦していることを大変感心していました。「お互いのノウハウを持ち寄ってこうして共有する環境はとてもいいね」と。彼の学生はアメリカ ヨーロッパ、中近東や南アメリカ、韓国などから来ているそうですが、何といってもTOFELでいい点をとってなければ入学できないので英語の勉強をすることの大切さを強調していました。彼も出身はポーランドなので当初苦労したそうです。「一日10分でいいから英語で話す時間を継続する」これがアドバイスでした。卒業生の就職については大学側で特別めんどうをみる制度はなく学生が自ら開拓して就職するのだそうです。カナダは放送局、映画スタジオも多く、最近はフランスのゲーム制作会社ができここへの就職も増えているそうです。また音楽学部を卒業後弁護士の勉強をして音楽業界用の弁護士となるひともいるそうです。彼の生徒で最近のお薦めはRichard Kingでした。どこかで聞いた名前でしょう?そうです、前回シルクロードの話の時に深田ちゃんと音楽を共同制作したCBS SONYのエンジニアです。冨田さん持参の30年日本酒もみなでおいしくいただきました。(了)

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「サラウンド入門」は実践的な解説書です

April 10, 2006

第4回サラウンドへの道 ホンモノを知る努力? 脱井の中の蛙へ Road to Surroundの35年を振り返って

By Mick Sawaguchi 沢口真生

" 内心は「日本でもこれくらいできるぞ!」という意気込みでしたが、終わってから彼らが言ったのは「ハリウッドのサウンドデザインを勉強すればもっとよくなるよ」という親切なアドバイスでした。そして参考にな りそうなビデオをそこでたくさん再生してくれて、ここがこうだ!ここが参考になるだろう、デザイン担当は、○○だから今度注意して映画のクレジットをみておくといいよ、とあっさり部屋を出て行ったのです。「そうかまだまだ天井はたかいなあ...」と実感したものです。 " 「放送技術」より

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