April 11, 2004

第12回サラウンド塾 自然音フィールドでのサラウンド録音について 小野寺茂樹

By Mick Sawaguchi 沢口真生
日時:2004年4月11日
テーマ:自然音フィールドでのサラウンド録音について
講師:小野寺茂(NHK)

沢口:今回は、自然音フィールドでのサラウンド録音について、NHK音響デザインの小野寺さんにお話をしていただきます。ではよろしく。
小野寺:NHK音響デザインの小野寺です、よろしくお願いします。

Part-1
NHKが「音の風景」というラジオ番組を始めて来年で20年を迎えます。その歴史の中で今回初めて、サラウンドで制作してみようじゃないか、ということになり、制作してみました。本日は「魅力あるサラウンド空間をつくるには」というタイトルで、「快適な収録と視聴者に心地よさを感じてもらう音づくり」をテーマにお話したいと思います。

1-1「楽しい収録 ~重さにマケズ、不思議な目で見られ~」
サラウンド機材というのは、非常に重たいものです。僕達が「音の風景」収録の時には、どうしてもひ一人でロケに行くことが多いのですから、機材の重さが身に染みるという事と、マイクを持っているとどうしても、いろんな人に話しかけられたりするものですから、自然の音を収録する、というのは非常に難しい、というのが現実です。それでもロケに行ってしまうのは何故でしょうか?(写真を示しつつ)この写真の場所も、機材を担いで雪山の中を1時間歩いて辿り着いた場所です。帰るのは「もうやだ!」と(笑)現場にいる時には思ったんですけども、東京に戻ると、またどこかにフィールド録音に行きたいな、と感じてしまうその理由を、みなさんにお伝えしていきたいと思います。「サラウンドによる収録はロケ場所の印象をより伝えられる」

1-2 サラウンドによるフィールド録音の魅力は何か?
なぜ、重い機材を担いでサラウンドのロケ収録に行ってしまうのか?それは「ロケ場所の印象をより伝えられるから」です。ただ単にその場所の様子を伝えるだけでなくモ印象モをモよりモ伝えられるということが、サラウンド収録の非常に魅力的なところだと思っています。ここでいうモ印象モというのは、あるロケ場所に行ったとして、(ロケ前の企画段階で)狙ったもの以外の、現地の人から得た情報によって知ったものですとか、その場で偶然耳にした音、偶然起こったことだとか、そういった音のことです。ステレオでは詰め込みきれなかったそうした音を(2ch以外の)別チャンネルに振ることによって、「音場」を再現することが可能なのです。自分がその現場で体験したこと、感じたことを音づくりに反映できる、というのが、サラウンドの大きな魅力ではないか、と思っています。例えば(千葉・久留里線のロケ収録の列車の写真を示しつつ)このロケの場合、列車の音を聴かせたいとなると、ステレオ(2ch)の場合は、メインの列車の音だけをONで収録し、まわりの音をベース扱いにしないと分かりづらくなってしまいます。しかし、サラウンドの場合は、列車の向こうで、鳥が飛び立った、ということがあったとしたら、別チャンネルにその飛び立つ音をいれてもきちんと成立します。では、1本目、「千葉・久留里線の春」という作品を聴いていただきます。

(「千葉・久留里線の春」のサラウンドMixとステレオMixを試聴)
 
この作品のポイントは「電車がすれ違う」ところです。IRTクロスのマイクを、前方に入ってくる電車、後方に去ってゆく電車、という形で置いてみました。ところが、NHKの中で、いろいろな人の意見を聴いてみたところ、「よくわからない」という意見がおおく出ました。それは何故か?というとIRTクロスで録った場合、マイク間の距離が短いのでどうしても他の音をひろってしまい、ごちゃっとしてしまいます。それを防ぐためにはどうするか、を考えたのですが、結論として「マイクを分けて収録しポスプロの段階で、はっきり定位感がわかるようにMixする」という方法しかないのではないか、と感じました。「行き交う感じ」と「現場感」をどう表現するか?については、「他のチャンネルへのモこぼしモとサラウンドリバーブを活用する」ことによって、ステレオとサラウンドのなじませ感をつきつめていく、そういった方法をとらないと、なかなか「電車が離れていく感じ」を出すのは難しいんじゃないかな、と思いました。では、この1本めについて、みなさんのご意見を伺いたいと思います。

受講者の方からの感想:サラウンドとステレオのMixで大きく違う点は、遠くの音がサラウンドだと、とっても気持ちいいんですけど、近付いてくる音に関しては、「音の持つリアリティー」が、ステレオMixの方がよりはっきりしていたと思います。サラウンドの音は広がった感じがしますね。それから、ステレオのスピーカーから出てくる音の感じに慣れているので、それで聴いた方が、「スピーカーから出てくる音だ」というのがはっきり認識できる、と思いました。サラウンドは、なんだか「異次元の体験」という感覚がありました。
Q:ステレオマイクって、どれぐらい離しているんですか?
A:ステレオマイクは、土手となった線路のほぼ下ぐらいで収録しています。
Q:マイクの間隔なんですけど
A:このマイクはCSS5なので、ワンポイントですね。MSのワンポイントマイクですね。416で距離をつけている、という感じではないんです。
Q:416を二本セットだと幅は20cmとか30cmですよね。それと比べて分離が悪いというのはなぜなのか、ちょっとわからないですね。MSマイクのほうが分離がよくなる理由というのが。基本的には、ワンポイントマイクだから、MSだと。どちらかというとMSの方が分離が悪いのかな、と思ったのですが・・・。
A:まあ、それをサラウンドにしていく段階で、擬似的な分離を作っていくとでもいいましょうか、移動感をサラウンドパンで作っていったりですとか、そういう方法の方が、効果的なのかな、と考えています。
Q:そうするとステレオマイク、MSマイクで前と後ろを4chぐらい録音するんですか?
A:そうですね。
Q:それでパンを振る、というのはちょっとどうやって振ればいいのか、というのがよくわからないのですが。
A:う~ん、それは実際やっているわけではないので、今後考えなくていけないところなのですが、もしかすると、416か何かをもっと間隔を開けて立てて、レベルで差をつけてゆく、そういう方法もあるのかもしれません。別の聴講者よりの意見:甲州街道のど真ん中、センターに立って、LRで車の往来を収録したことがあるのですが、ワンポイントを前後に振って、前後を、前がマイクのR側、後ろがマイクのL側という風に使うと分かりにくいんですね。それよりも単純に右左で分けた方が効果はでた、という経験があります。後ろと前をまったく違う間隔でやるより、R、SRマイクを右、L、SLマイクを左にという風にした方が、やってきて去っていく移動感がよく感じられたという経験があります。
Q:LFEの成分用に別のマイクを立てたわけではないんですね?
A:そういうわけではないですね。Mixの時にLFEのための成分を送りっています。
Q:電車ではない、ディーゼル車の音がよく感じられたと思います。サラウンドのトラックの方が、それがよく分かりました。ステレオトラックの時は、電車なのかディーゼル車なのかよくわからなかったのですが。

Part-2
2本めは「ベネチア」です。これは3年前に収録した作品です。基本は4chで収録しています。では、聴いてみてください。

(「ベネチア」のサラウンドMixとステレオMixを試聴)

では、解説いたします。ポイントは「音の遊び」です。まず、教会の礼拝のところの収録方法なのですが、かなり広い教会だったそうです。礼拝に来ている人たちに向けて、416のマイクを隅4カ所それぞれに立てて後はギターのの方向に1本向けています。それから、アンビエント用にセンターの高い位置に416をステレオペアで使用し、そのように録音した音をMixしている、という方法をとっています。次に、広場で子供たちがボール遊びをしている部分なのですが、子供の声は完全に「オンリー」です。ボールはIRTクロス・4chの上を、子供たちにうまく投げてもらって、方向性を後で微調整して、音をばらばらにした、という方法を用いています。これらの素材を後で、いろいろMixして作成しています。これについても、何か質問などありますでしょうか?
Q:いかにもプロロジック、という印象を受けたのですが、これはエンコードだけですか?
A:そうですね、エンコードだけです。
Q:先ほどの作品の電車の音もそうですか?
A:そうですね。
Q:プロロジックでエンコードされた音という印象は確かにありますね。全体の雰囲気に、逆位相感が強いように感じました。
Q:5本(サラウンドMix)で聴くのと2本(ステレオMix)で聴くのとで、2本だと(音で)一杯になっている、という感じがしました。特に教会の部分ででも、サラウンドで聴くと非常にリバーブ成分が強いのだけれど、ひとつひとつの音が分かる。でも、ステレオだと、ひとつひとつの音はもう分からない、という状態のように感じました。ステレオだと、鐘の音なんかもすごく小さく感じますよね。(サラウンドMixだと)ここに大きくあったものが(ステレオMixだと)小さい、という感じですね。
A:サラウンドだと、広い場所を表現するのに適している、ということだと思います。
Q:教会に立てていたマイクの四隅の距離はどれぐらいあるのでしょうか?
A:1本ずつの距離は、横にや約20~30m、縦に約40mくらいです。
Q:マイクは中央に向かって立ててあるのですね。
A:そうです。縦長の場所だったそうです。ちなみにSystem6000で、若干リバーブを足しています。
Q:それだけ離れていると、マイクの間のつながりがなくなってしまいますよね。その間をどうやって埋めるのか・・・
A:そうですね、非常に難しいところですね。(Mixする)人それぞれの感覚の部分もあります。あまり埋め過ぎてしまうと、広さが十分に出なくなってしまう、という場合もあります。録音してきた人の感覚で、「このぐらいの距離だった」という感じでしか再現できない、というのが実際のところですね。
Q:真ん中にも2本マイクを立てたんですよね。
A:ええ、アンビエント用にステレオマイクを2本。

Part-3
では、3本目はマレーシアのボルネオ島にある世界遺産「グヌンムル国立公園」の洞窟の中の音を収録した作品です。

(「グヌンムル国立公園」のサラウンドMixとステレオMixを試聴)

このロケに行った本人が書いた文章がありますので、それを見ながら解説していきたいと思います。この作品は、「ハイビジョンスペシャル」として収録されたもので、ロケ期間が6月26日~8月13日という、かなり長いロケでした。最初の予定よりも2週間ぐらい延びまして、非常に過酷な番組収録となったそうです。この収録では、音声と音響効果を同時に担当しておりますので、マイクもIRTクロス4ch、センターに416を使っています。416を同時収録のメインに使うという試みをしています。この収録での「サラウンドロケの目標」として、世界最大の空間を持つ洞窟(東京ドーム10個分)の「閉じられた空間」を表現する、すべての同時録音をサラウンドで収録する、ということでした。使用機材はPD-6という6chレコーダーと、オーディオテクニカの防滴マイクです。非常に湿気が多いところなので、まず、湿気に強くなければいけないということでこのマイクを第一に選びました。ショップス社のも持っていったそうですが、こちらは防滴マイクではなかったため1週間くらいでだめになってしまったそうです。基本セットは、IRTクロスの真ん中に416があります。そして、ポスプロ、音の整理では、NUENDO2.0を使用しました。

ここで、PD6の特徴について、簡単にご説明します。記録メディアは8cmDVD-RAMで、記録形式はWAVファイル形式で記録します。このDVD-RAMに、片面5chで収録して、16ビット48キロヘルツで25分程度収録することができます。そして、ファイヤーワイヤー端子でパソコンに接続すると、DVD-RAMドライブとして認識させることができるので、現場でその日に収録した音をパソコンに取り込み、DVD-RAMをフォーマットし直すことによって、持って行くメディアを少しでも減らすことが可能になりました。また、ホテルに戻ってからパソコンを使って音素材を整理することでき時間の有効活用の点でも威力を発揮した、と担当者は言っていました。音データの流れですが、PD6から、PowerBookG4にファイヤーワイヤーでつないで、DVD-RAMドライブとして認識させ、持って行った外付けハードディスク2台に音データを保存していく、という流れをとりました。モニターを使用するために、今回はモバイルIOを持って行きました。それを、サラウンドモニターで、確認すると、いう形です。実際にはホテルで確認する時間はなかったそうで日本に帰ってから確認したそうです。NUENDOを使用したプロダクションの利点としては、トラックの自由度、それから、ブロードキャスト・ワブ・ファイルを使用できるということです。タイムコード情報が入っていますので、何時何分に録音したというそのオリジナル時間でNUEND上に貼付けることができるので、ECS編集データをもらったらその時間軸上に本編にコピーし貼付けていく、という方法をとることができます。これは素材音を起こす時間の短縮になります。それから、オートメーション情報も書き込めますので、プリプロ段階で、ある程度オートメーションを書き込んだ状態でポスプロに臨めますのでポスプロの時間短縮をはかることができたということです。これまでの制作スタイルですと、ステラDAT4chなどで収録した後、実時間でDAWにコピーし、音を並べ替え編集作業をし、音楽を準備した後でMAに入る、という作業でした。MAで音像の移動やエフェクトや移動をつけていたのですが、今回の制作スタイルですと、ハードディスクから直接素材整理とコピーをしてしまうことによって、MAへの準備時間を非常に短縮することが可能であるとともに、音像の移動やエフェクトを含めてある程度プリプロ段階で準備をすすめることができました。この番組制作の前に「イグアス国立公園」という番組を我々が制作したのですが、その制作では、事前準備110時間、MA174時間かかっていたものが、今回の「グヌンムル国立公園」の制作では、事前準備68時間、MA124時間だったそうで、事前準備の点で、半分程度に時間を短縮できた、ということですね。実時間で音をコピーする時間が省けた以上に、大きな成果があがった、といえると思います。

まとめますと、DAWソフトを用いることで作業効率の大幅な向上と6ch収録によるリアルな表現力により番組クオリティーの向上と効率化を同時に実現でき、またコストパフォーマンスも非常によくなった、といえます。

今後の課題ですが、まず「レコーダー側の8ch以上の対応」があげられます。これからも音声兼音響効果でロケに行くことが多くなりますので、VTRと同じタイムコード上に同時収録用のマイクを用意しなければならないということが多くなりますので、チャンネルが6ch以上必要になるということが想像できます。そして「DVD-RAMの転送速度の向上」も課題としてあげられます。現在、1GBを転送するのに、だいたい5~6分かかってしまいますので、それがもっと向上していけば、早く作業が進むかな、と考えています。それから、「ECSデータの読み込みとソフトウエア開発」というのもあげられますが、これはECSという映像編集用のデータをDAW上で読み込むことによって、勝手に時間軸に貼っていってくれる、というようなソフトウエアが開発されたら、非常に楽になるということです。実はもうAvidを利用してAvidデータをNUEND上で展開して、それを時間軸に貼付けていく、ということはもうやっているのですが、それがAvidを使用していないデータも読み込めるようになれば、作業時間短縮につながるということが考えられます。8chのハードディスクレコーダーあるのですが、非常に大きい、重たい機材です。僕自身はまだこれを持ってロケに行ったことがないのですが、あまり使い勝手はよくないと聞いています。それに値段が非常に高いということでそう何台も揃えられるものではないということです。HDひとつ交換するのにも何十万円もかかってしまうので、もう少し、メーカーさんの努力をお願いしている、という感じです。

では、この作品についての質問はありますでしょうか?
Q:はじめの方で、舟に乗っているシーンがあったのですが、その時も同時録音をされていたと思うのですが、舟の音から想像するに、それほど大きな舟ではないと感じたのですが、恐らくボートサイズの舟ですよね。ボートサイズの舟だと通常エンジンは後ろにあると思うのですが、今聞いた限りでは前からエンジン音が聞こえる印象が強くて、進行方向の方にエンジン音が聞こえているような感覚が非常に強かった、というのが正直な印象です。
A:はじめのエンジン音は、LFEを特に強調したものです。音のメリハリをつけるための演出、と考えていただいければと思います。また、ダウンミックスでお聴きになる方も多いのでL,Rにも十分な音量感が必要だと判断しました。
Q:ボートに乗っている時の低音の感じは多分、こんな感じなんだろうな、とは思ったのですが、進行方向がいまひとつ分からなかった、という感覚がありました。
Q:PD6というのは、ハードディスクレコーダーですよね。そうすると、移動しながらの録音中に音が飛んでしまったりすることもあるんじゃないかな、と思ったのですが、そのあたりはどうなのでしょうか?
A:常に、メモリーに一度書き込んでからRAMに書き込んでいますので、音飛びはありませんね。基本構造は、ムービーカメラとまったく一緒です。そのため衝撃にも非常に強いです。われわれも早くハードディスクに移行したいのですが、まだまだ値段が高い、というのが現状です。
Q:PD6の録音時間が片面で25分ということで、基本的には問題ないとは思うのですが、長尺でまわしたい時なんかに「もうちょっと欲しい」ということはありますか?
A:正直ありますね。非常に思います。しかし、携帯するとなると、あの大きさ(8cm)が限界ですね。

Part-4
次は「鎌倉」です。私が録音してきた作品です。お聞き下さい。

(「鎌倉」のサラウンドMixとステレオMixを試聴)

4-1 「ひとりきりでロケに出て後悔しないためには」
今回の「鎌倉」の場合、まったく下見ができませんでした。2003年の大晦日から2004年の元日にかけて行ってきたのですが、収録ポイントがまったくもってわからない、という感じでした。まず「機材は最小限にしよう」ということで、PD6と、オーディオテクニカのマイクとマイクアーム、後はメモだとか名刺ぐらいに絞りました。それでもボストンバッグひとつ分ぐらいにはなりますので、結構重たかったですね。なぜ最小限にしようとしたか、といいますと、ロケに行っていると走らなければならない時が絶対にあるんです! 今回ですと、除夜の鐘の収録ですね。なんと、どんどん鐘をついていってしまうんですね。40分ぐらいで全部つき終わってしまうんですよ。最初に耳にした時「これはやばい!」と思いまして、建長寺から北鎌倉の駅の方まで機材を抱えて走りました。もうひとつの留意点は「イメージトレーニングをする」ということです。何故かといいますと、5chもあるとマイクを取り付けたりとかのセッティングだけで非常に時間がかかってしまって、せっかくのいいタイミングを逃す恐れがあります。なので、例えばケーブルにはあらかじめ色分けしたテープを貼っておいて、その場で接続に手間どらないようにしておくとかですね、アームにマイクをつけたままでも走れるようにしておく、と。そういうことを事前にイメージしておくと、例えばケーブルは腰にまいておく、といった工夫もできるます。また、その時思ったのは、「その瞬間」に「もう一回」というのは、「自然」の場合はありえません、できるだけ収録ポイントをはずさないように、心構えをして行くことが非常に大事です。「とりあえず」というのは禁句です。とりあえず録っておこう、と思って収録した素材は中途半端で、まず使えません。一人でロケに出ている場合は「どこにその音を使うのか」「その音は加工するのか」といった「構成」をはっきりとイメージして収録していかないと、無駄な素材ばかり増えることになってしまいます。それが対象物からの距離ですとかそういったものに関係してきますので、「とりあえず」で録るのではなくて、オフで録るのかオンで録るのか、といったことをあらかじめシビアに考えて、しかも現場に着いたら瞬時の判断で作業していくことが非常に大事だな、と思いました。

4-2 「鎌倉」編の内容について
お年寄りから小さな子供まで、いろいろな人たちがいるだろう、と思って行ってみたのですが、若い人ばかりでした。マイクの前を通っていろいろなことを言って去ってゆく、というのばかりで編集が非常に大変でした。そこにその他の音、例えば鐘の音を合成しています。最後に海の場面があるのですが、ご存じのように、鎌倉の海の手前の国道134号線というのは大晦日から元旦にかけては大渋滞でして、普通に録った状態でベースノイズがすごいんですね。鐘を録った時も、ベースノイズがきついな、と感じたのですが、134号線は暴走族が結構走り回るんですね。遠くを走り回るので、なるべく静かなポイントを探したつもりなのですが、あのぐらいが精いっぱいだった、という感じです。北鎌倉から鎌倉に至る道はすべて通行止めになるんですが、少し高台に上がるとその周囲の音まで全て入ってきてしまうので、ある程度、木などでマスキングされていて、それが切れている場所というのを歩きまわって探しました。ちなみに最後の波音は使える素材が録れなかったので、事前に収録したものを使いました。そうするしかなかったですね。民放のヘリコプターが頭上を何台も飛び回ってですね(一同爆笑)まったく収録になりませんでした。

Q:雑踏を録る時なんですが、手持ちでクロスマイクで録られたんですよね。僕らも経験があるのですが、マイクの前に行くとみんな黙っちゃうじゃないですか。でも、今回のを聞いているとみんなしゃべってますよね、あれは編集でつなげたのですか?
A:つなげたというのもありますし、若者が多かったというのと、正月ですので、酔っぱらった人が多かったということで、みなさん結構しゃべっていましたね。
Q:意外と自然に録れていましたね。あれぐらいしゃべり声が聞こえるというのはなかなかないなあ、と感じました。
A:そうですね。ただ、再生している時に感じたのですが、近くの音はよく録れるのですが、一歩離れた音、というのはなかなか録りにくいですね。そのあたりはもう一工夫必要かな、と感じました。
Q:PD6ですが、録音中は何をモニターしているのですか?
A:いろいろ切り替えられるのですが、基本的には前後2chのステレオですね。時々後ろにも切り替えてみてモニターしています。だから結果だけを聞いて、「あ、こういう音も録れていたんだ」と思うことが多々あります。ですから、ある程度モニターしていたら、一度ヘッドホンをはずして周囲でどんな音がしているのかというのを何回も確認したりすることが重要ではないかなと思います。

Part-5
「サンマルタン運河」をお聞き下さい。

(「サンマルタン運河」のサラウンドMixとステレオMixを試聴)

この素材は、サラウンドは「おまけ」といった感じで録ってきてもらったので、冒頭の街の「ガヤ」などは、ステレオ素材をいろいろ合成して、サラウンドにしてみました。水の音のところはすべてサラウンドで収録してきたのですが、他の町並みはだいたいがステレオで収録しているものをまぶしている、という感じです。ここでは、「IRTクロス」についての僕個人の印象をお話したいと思います。IRTクロスで収録すると「人声」は非常に近く感じます。なぜなのか、はよくわからないのですが、この間InterBeeでゼンハイザーの人に「off感を録るにはどうしたらいいですかねぇ」と尋ねたら「それはテクですね」と言われまして(一同笑い)、そんなこと言わずに何か方法を教えてくれ!、という感じだったのですが・・・。逆に自然音に関しては適度な広がりが得られるのですが、更に奥の雰囲気を欲しい時にどうしたらいいのかわからない、というのがIRTクロスの問題点だと思います。「ベネチア」などで使用している機材は、ステラDATと4chのIRTクロス、これが最近まで使われていたスタイルなのですが(写真1)、現在は真ん中に416と4chの防滴マイク、それをPD6で収録、というスタイルです(写真2)。更に、IRTクロスを基本に同じ幅でセンターチャンネルを追加したスタイルもあります(写真3)。今、NHKの音響デザインでつくているのが、伸縮自在のタイプで、もう少し幅広く録れるタイプです(写真4)。まだ僕はこれをロケで使ったことがないのですが、今度はぜひこれを使ってみようかと思っています。上が部分が「カクッ」となっているのがポイントで、こうすることによって、水平がずれない、という利点があります。ただ、風が吹くと接合部分がカタカタいって、非常に使いづらいですね。ですから、その部分のもう一工夫が必要です。

Q:(伸縮タイプのIRTクロス5chマイクについて)これでセンターの分離ができますか?
A:いま、センターに指向性が狭いタイプのマイクを使ってみてはどうか、というのを試しています。分離は考えどころですね。
Q:これは長くすると、分離が録れてくるということでしょうね。通常のIRTクロスだと幅20~30cmで、分離はかなり厳しいんじゃないかと思います。
A:そうですね。ただ、4chにしてしまうとちょっとだけもの足りなさを感じる、というのが正直なところです。今のところセンターチャンネルは補助的な役割として考えているところです。
Q:ちなみにこれはどのぐらいまで伸ばせるのですか?
A:これは50cmぐらいまで伸びます。更に伸ばそう、という計画もありましす。150cmぐらいが理想的かもしれませんが、あまりに大掛かりになってしまうと、今度は一人でいけなくなってしまいますので、体力との微妙なバランスを考えつつ、いろいろ使ってみて、やってみよう、といった段階です。

Part-6
最後は「プラハ」です。写真右側の天文時計を中心に収録したものです。お聞きください。

(「プラハ」のサラウンドMixとステレオMixを試聴)

 ここでは、僕自身が考えている、「今後の展開」、「音の風景」をどうしていきたいか、ということについてお話しておきたいと思います。まず、地上デジタルラジオが、サラウンド対応になっていくであろうと、それに向けてストックを増やして行きたいと思っています。また、例えば「職人技」ですとか「SL」など、日本にはもうなくなってしまった音を収録していたりしますので、そういった素材を海外に向けての「日本紹介」として使えないか、と考えています。また現在、世界で起きている日本ブームに乗れないか、と考えています。そのためには、今しか録れない音をしっかり録っていく、ということが重要ではないかと思います。
 
6-1 「ハイビジョン4000本」について
今、私が携わっている仕事で、22.2chサラウンドというのがあります。その目標としているところは、「これまでどのメディアでも体験できなかった感覚を体験したい」「前後左右上下のあらゆる方向から聞こえる音に包まれている感覚、音がいろいろな方向に移動する感覚、音が大きな群れとなって移動したり押し寄せたりする感覚を再現できないだろうか」こういったことにトライしています。将来的には愛知万博に出展する予定です。ハイビジョン4000本というのは600インチのスクリーンに投影するもので、200~300m先の観覧車に乗っているお客さんが何をしているか見えてしまう、というぐらい非常に高精細な映像を再生できるシステムです。そのスクリーン上の映像の移動にできるだけあった音像の移動を体感できるにはどうしたらいいだろうか、これまでの左右移動だけではなく、上下移動をなんとかさせてみようではないか、音がスクリーン方向から飛び出してくるのを体感してみようではないか、音が観客に近付いてきて通り抜けていく感覚というのをなんとかできないだろうか、と考えています。スピーカーの配置は、一番上の階層が9ch、中階層に10ch、最下層にセンターとLRとLFEが左右の5chで、合計22・2chです。これにスピーカーを12個縦に並べたスピーカーアレイが左右につきます。これは、レベルを下げると音が(1個1個)offになっていく、単に音量が小さくなるのではなく、リバーブ成分を足していきつつ、オフ感も一緒にだせないか、というスピーカーが両端につきます。動きに合わせた音をどれだけつけられるか、というのがポイントで、スピーカーの位置を感じさせない工夫をしてみようじゃないか、というのを考えていまして、目標としては、「音を浮遊させるにはどうすればいいだろうか」というのが、一番悩んでいるポイントです。今やろうとしていることは、NHKの技術研究所でやっているのですが、その講堂に何十個ものスピーカーを円形に並べて、そこから音を出して、それを何個かのマイクで拾う、それを繰り返すことによって、ある程度スピーカーから浮き上がった音を捉えられるのではないか、ということを考えています。

よく言われるのが「22.2chなんて家庭に入るわけないじゃないか」ということなんですが、ここで検証しようとしているのは、サラウンドスピーカーが一体どの位置にあるのがもっとも効果的なのか、家庭に持ち込んだサラウンドスピーカーは一体どこにセッティングされるのが理想的なのか、というのを探ってみようではないか、ということも考えています。まだまだ試行錯誤で、例えば右側に音を感じさせたい時、天井や左のスピーカーにも少しだけ音をこぼすことによって、実際にそこにいるかのような存在感を出していこう、といった工夫をしています。

では、全体を通してご質問はありますでしょうか?
Q:2chにおとすのはドルビープロロジック2を使用しているとのことなのですが、その意図は?
A:将来的に、家庭でデコーダーをお持ちの場合、疑似サラウンドを体験できます、ということですね。普及のためになにか方法はないかなあ、と思ってつくってみました。実際に放送はしていません。そういうものもつくっておく方が
いいだろう、ということで今回は制作してみました。
Q:デコーダーで5.1chで聴くのと、もともとの音は違いがありますか?
A:全体的に音像が前にある、という感じがします。
Q:後ろの音が定位しないということですか?
A:定位はしているんですが、目の前の後ろ、と言う感じでしょうか。
Q:比較試聴の機会がなかなかないですね。
A:機会があれば聴いていただけるとよくわかると思います。
Q:全体を通してサラウンドのフィールドレコーディングについては、モニターしていても何が録れているのかさっぱりわからない、とおっしゃていましたが、イメージトレーニングも含めて、経験による勘を養うしかない、といったところでしょうか?
A:そうですね、それしかないと思います。何かあればサラウンドマイクを持って収録に出かける、と。ステレオマイクを持っていって、いろいろ聴きくらべをしたりとか、そういうのが、理想的なかたちでしょうね。8chレコーダーがあれば、同時にサラウンドとステレオが録れるのですが・・・。そういう実験もこれからはできるようになってくると思います。僕自身は、ステレオ番組であっても、極力サラウンドで録るようにしています。

小野寺:今日は、ご静聴いただいてありがとうございました。以上で終わりたいと思います。(了)

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