November 23, 2002

InterBEE2002国際シンポジュームサラウンド講演より 「サラウンド制作から広がるマルチメディア」

By Mick Sawaguchi 沢口真生(M-AES/C.A.S/IBS InterBEE企画コーディネーター)

[ はじめに ]
機器展と併設の国際シンポジュームも今年で13年目を迎えることになった。
11月20日-22日まで幕張メッセ国際会議場をメインとして今回は、

1 映像部門 4名の講演でデジタルプロダクションの新たな展望
2 放送制作者部門 4名の講演で時代劇制作について
3 音響部門は4名の講演でサラウンド制作から広がるマルチメディア

のデモと講演が行われた。ここでは、プロオーディオ読者の関心が高い
サラウンド制作部門について企画運営の立場からリポートしたい。


今回の講演者とテーマを以下に示す。それぞれの講演者のデモ音源は22日の講演に先立ち20-21日に特設デモルームにおいて毎回15名限定で一時間おきのサラウンド再生をおこなった。
1 内村和嗣(NHK)中小規模ポストプロダクションとサラウンド制作
2 JEFF LEVIESON(DTS-E) DVD-A制作の実際と市場へのアプローチ
3 高橋幸夫(ソノプレス独)サラウンド時代にむけてPART-2
4 富田勲(作曲家)北京の廻音壁からサラウンドの世界へ


1 内村和嗣氏講演~中小規模ポストプロダクションでのサラウンド制作
内村さんは札幌映像プロダクションをキャリアスタートとして東京に移り、
デジタルエッグで初のネットワークとサラウンド環境を構築し、98年にNHKにキャリア採用という海外型の経歴を持つミキサーである。日本国内では、物理的な制約からポストプロダクションでサラウンド制作を行おうとした場合十分なスペースとモニタリング環境がとりにくいというハンディがある。氏は今回の講演でそうした制約の中でいかに失敗をしないサラウンド制作を行えるかを自身の経験に基づき必要な機材からモニタリング調整方法、特にLFEの調整方法、ステムMIX を活用したコンポジットMIXの実際、そして様々なサラウンドミキシング手法の実際を豊富なイラストとデモクリップで講演した。
LFEの調整のヒントでは、バンドレベルと全帯域オールパスの意味の違いと一般的にLFEは他のチャンネルより10dB大きく調整するといわれているが、これはオールパスレベルでは、4dBであること、LFEが一台の場合で小規模なポストプロスタジオで定在波の影響を最小限に抑えた最適設定位置の探り方などは、大変実用的な内容であった。
会場からは、大変わかりやすく、どうやれば失敗しないサラウンドMIXができるかの有益な参考になった・・
とか、今まで疑心暗鬼の手探りでMIX していたが、今までの経験があまり間違ってなかったことがわかり安心した・・・といった感想が寄せられた。

氏が述べたMIX のポイントは
● 言葉は明瞭に聞こえることを第一に
● 人は画面方向をむいているので不要な混乱をおこさない音場設計を
● ハード・ファンタム・ダイバージェンスの効果的な使い方
● ステレオ・モノーラルとの両立性
● LFEの注意点
● サラウンドでストーリーを伝えるために。
である。


2 JEFF LEVESON(DTSエンターテーメント)~DVD-A制作の実際と市場へのアプローチ
JEFFとは、我々が数年前にNHKサラウンドのデモクリップdts-CDを制作したり、2001年の独で開催された第一回AESサラウンドコンファレンスで再会してからのつきあいとなる。昨年の来場者アンケートでDTS のサラウンド制作の実際を知りたいというコメントが多くよせられたので、彼に打診したところ快諾してくれた。彼も多忙のため来日直前に入院するというアクシデントで関係者も心配したが、無事講演を遂行してくれたことに感謝。
講演は現在のCDオーサリングとDVDオーサリングとの相違点そしてDVD-Aでは、オーディオとビデオそしてROMの3ゾーンの提供が必要であると述べた。これはいままでのユーザーを満足させ、かつDVD-VユーザーとDVD-ROMユーザをも両立させるソフト形態でないと市場が受け入れてくれないと分析した結果である。このためのロジックフローとメニューの設定の考え方を紹介したのち、メインのオーディオのマスタリングの実際を紹介した。

この中で重要なことは
● 統一したオーディオ、映像ファイルフォーマットと同期の一致
● サラウンド音源とステレオ音源の時間軸の一致
● オーディオとDVDあるいはサラウンドとステレオのラウドネスの統一
● ヘッドフォンによる2チャンネルユニットの品質管理。                                
これでも全体のソフトをチェックするのに1時間のプログラムでその10倍という時間が必要。これをいかに短縮できるかが今後の課題。
● ボーナスコンテンツの提供。
このためにフォトギャラリーや歌詞、WEB-リンク、技術解説や歴史資料、ライナーノーツ、経歴、音楽ビデオクリップなど今までのCDでは楽しめなかったコンテンツを追加しマルチプラットフォームでどれかが再生可能といった新たな楽しみを提供

JEFFは、今回来場者へのボーナスとして最新のDTS-DVD-A ディスク2種類を100セットづつ持参し当日会場での質問者や希望者へ提供してくれたことにも感謝。


3 高橋幸夫(独ソノプレス)~サラウンド時代にむけてPART-2
氏はInterBEE1997で講演。今回はヨーロッパ市場を俯瞰しながら、どういった方向でサラウンドが展開できるかを豊富な市場データを交え講演した。
まず音楽業界の現状分析を国内外で行った結果を示しながら

● 若年層偏重の制作から中年層顧客の呼び戻し
● ダウンロードやオンラインショップでの流通形態と購買開発
● カタログ販売。経営コスト削減
● DVDを中心として新商品の立ち上げ
をアピールした。
現在DVDソフトはビデオソフトが到達した販売量を、その半分の期間で達成したといわれるほどの急激な伸びを示している。この要因として氏は

● 既存のソフトがもつ利点と新しい特徴を融合した。すなわちコンパクトで高品質、パソコン対応に加えて長時間、ボーナスソフト、サラウンド音声を楽しめる
● 早い段階でブロックバスターとなる低価格商品がでた
● 同様に早い段階で低価格プレーヤーがでた
● パソコンやゲーム機などマルチプラットフォーム化ができた

では、今後サラウンド音声が普及するためのキーについて氏は
● DVDでのオーサリングやデザインを定型化したDVD-LITEといった商品による納期とコスト削減
● オリジナルマスターからの効果的なサラウンド変換技術の開発
● サラウンド視聴環境環境に左右されない許容度の大きな収音技術、再生技術の開発
● ユーザーケアの充実

デモで使用された音源で興味深いのは、前方2チャンネルの上に上方2チャンネルスピーカを設置した収音例である。これは既存のDVD6チャンネルを利用し、センターチャンネルと、LFEチャンネルに上方2チャンネルを記録している。
この録音例では、メインの音楽が4-CH 録音でセンターチャンネル、とLFEチャンネルを使用していないことを利用していると同時に、通常のDVD プレーヤーで再生しても音楽的なバランスに留意している点がポイントである。
このメリットはサラウンドリスニングエリアが増大することにあると述べていた。最近の「高さ方向」のアプローチではチェスキーレコードが前方同一面で4チャンネルを使用し、そのなかの1ペアは音場の一次反射音を再生するという試みがみられる。またテラークのM-BISHOPもLFEチャンネルの120Hz以上の高域を利用しモノーラルながら、再生時は1ペアの天井スピーカで再生するという試みを行っている。また映画の方面ではDOLBYム LA で今後のE-CINEMA にむけた天井チャンネルの実験が行われている。サラウンド表現の次の研究目標として、その有用性を含め70年代の課題の再取り組みとなるかもしれない。

4 富田勲(サラウンド作曲家)~北京の廻音壁からサラウンドの世界へ
富田氏も昨年の来場者アンケートで大変希望の大きかった講演である。快く講演を引き受けていただき、関係者として大変感謝している。また、講演内容もサラウンド音楽に取り組んできた50年余の歴史が、ドラマとして再現された大変興味深い内容とデモであった。紙面の都合上すべてを紹介できないが、当日の要約を述べる。

4-1 北京天壇公園の「廻音壁」
私がサラウンドに興味をもった発端はいまから60年以上前にさかのぼる。私は6歳の頃医師であった父の仕事で家族とともに北京に住んだことがある。今でも鮮明に記憶に残っているのは北京近郊にある天壇公園の「廻音壁」で、ここには湾曲した塀が連なり、父の呼ぶ声がそれに反射をして違う方向から聞こえるだけでなく全体に不思議な音空間が存在していることを子供心に感じた。

4-2 立体音楽堂
それから何年も経ちやがて私は作曲をすることを職業にした。1950年代の半ばより盛んにステレオという言葉を耳にするようになり、NHKでは、私にとっては画期的ともいえるAMラジオの第1放送と第2放送の二つのチャンネルを使用した「立体音楽堂」というステレオの豪華音楽番組が企画された。ミキシングルームでは今まで一つであったモニタースピーカーが左右に二個置かれ、その両方に広がった音は、まるでサウンドに入浴しているかのような、自分の耳が左右にあることの幸せを彷彿とさせるサウンドであった。しかし、まだステレオ装置が市販されていなかったため、一般家庭では重いラジオを二台揃えなくてはならなかった。当時のNHKの先駆的なステレオミキサーは西畑氏といい、けっこう音の遊びの好きな人で私とうまが合った。まだ私が新人であったにもかかわらず、私の意見をよく聞いてくれた。
私は二人のフルート奏者をオーケストラの正規の木管楽器の位置ではなく左と右に配置し、フルートどうしの対話を試みたが、森の中の離れた二羽の小鳥の対話のようで、朝の森のすがすがしい雰囲気を出すことができた。いまでこそなんでもないことであるが、それまでのモノラルでは絶対に表現することのできなかった世界で、私にとってはあり得ない驚くべき初体験であった。

4-3 クワドロフォニック
それから10年以上が過ぎ、1970年にアメリカでMoog Synthesizer というアイデアと技術次第では、どのような音でも合成でき、いかような表現の演奏も可能である装置が発明されていることを知り、それが自分の将来にとって極めて重要なものであろうことを直感的に察し、輸入した。既成楽器にとらわれない自由な発想で音を作ることができ、時間の経つのも忘れて作曲とアルバム制作に没頭した。かくしてできあがったアルバムは米RCAレコードが取り上げてくれることになり、世界的な販売網で売ってくれた。しかしその音は、当の私ですら存在感を持つべきなにものかが不在になっている物足りなさを感じてしまうのだ。そこで4チャンネルステレオ(クワドロフォニック)を利用することに思いついた。つまり前後左右の音場をフルに活用することにより、楽器の配置、広がったコーラスなどの音場設定、パンニング、遠近法(あくまで聴感上)などにより、当時平面的になりがちなシンセサイザーの音を立体的に音場演出することを試みた。

当日の参考曲
1 ムソルグスキー(Moussorgsky)作曲「展覧会の絵」(PICTURES AT ANEXHIBITION)の中から「卵の殻をつけたひなの踊り」(Ballet of the Chicks inTheir Shells)
2 ムソルグスキー(Moussorgsky)作曲「禿山の一夜」(A Night on Bald Mountain)
3 オネーゲル(Honegger)作曲「パシフィック231」(Pacific 231)
4 ラベル(Ravel)作曲「美女と野獣」(Lentretiens de la belle et de la bete)

4-4 サウンドクラウド(Sound Cloud)
その後せっかくのマルチチャンネルステレオの全ての方式が、10年足らずして崩壊の道をたどってしまい、誰も話題にしなくなってしまった。私にとっては将来への可能性に夢を抱いていただけに衝撃的で、この挫折にはかなり大きなものがあった。しかし、幸いなことにその頃は万博がたてつづけにあり、私が音楽を担当した政府館をはじめ多くのパビリオン内での音楽は、ほどんどがサラウンドでという要望があり、決して好条件とはいえなかったが、かなりのサラウンドの実験を試みることができた。
1982年にオーストリアのリンツ(Linz)市から「アルスエレクトロニカ(Ars Electronica)」への出演要請が来た。ブルックナーハウスを中心にしたドナウ川も含む河畔での広いエリアで、2年おきに巨大野外コンサート(Sound Cloud)が行われているが、その出演と企画構成を一切任せるので1984年にやってみないかという、天から降ってきたような話しであった。その後「トミタサウンドクラウド」として1986年にニューヨークのハドソン川、1988年に岐阜の長良川で、1989年に横浜港、同1989年にシドニー湾で催した。

サウンドクラウド参考資料
1 1984年「Ars Electronica」オーストリアリンツ市
2 1990年「ヘンゼルとグレーテル」(Hansel und Gretel) オーチャードホール
3 1989年「オーストラリア建国200年祭」シドニー湾

4-5 最近の作品
最後に、最近のサラウンド作品として2001年のディズニーシーのアクアスフィアのために、ディズニー社から「波のフーガ」と称して3つのオーケストラが3方向で共演するという形の曲を依頼された。演奏はロンドンフィルであったが、3つのオーケストラを分離よく録音するスタジオがロンドンで見当たらないので、ロンドンフィルがメトロノームの音を聞きながら3回演奏するという方法をとった。バッハの手法で波が幾重にも繰り返し打ちよせる様や、オーケストラどうしで大きな波の受け渡しなどをオーケストラの譜面上で描いた。スコアは各々3冊書いた。かつてのNHKの「立体音楽堂」の頃を想いだし、その時の手法が応用できて嬉しく懐かしかった。そのミックスダウンは最終まで私自身がDELLのノートパソコンにインストールしたスタインバーグのヌエンド(SteinbergNUENDO)を使用して完成させた。この小さなスーパースタジオを手でもって現場へ行き、その場で音を聞きながら修正することができた。

試聴曲
7.1サラウンド曲
2001年作曲「波のフーガ」

5 講演後の会場からのQ&Aから
今回は満員の聴衆の方々にふさわしく、一時間にもわたる熱心な質疑が会場で交わされたのも印象深い。主な質疑は

● 今後のサラウンドのチャンネルとして上と下のチャンネルの可能性?
● 5.1CHを越えた多チャンネル研究の動向
● スポーツのサウンド制作にリスナーは何を期待するか?
● SA-CDやDTS-CDが入手しにくいが流通形態は?
● 音楽サラウンドでは何チャンネルが必要と考えるか?
● アウトドアやヘッドフォン、2スピーカバーチャルへの取り組み
● 2チャンネルマスターからの疑似サラウンド化への取り組み

おわりに
サラウンド制作関連のテーマは、InterBEE国際イベントでも5年ほど継続して取り組んできたが、今年はデモルーム、講演会場ともに熱心かつ満員の参加者で「サラウンドの土台ができつつある」ことを実感できるセッションであったことを関係者として喜びたい。特に今回は映像部門での多様な再生機器HD-VCRに関してはHD-CAM(F-500) HD D-5(AJ-HD3700H) さらにデジβ(DVW-A500)と映像・音声のマルチフォーマットに対応。と35mmプロジェクターとデジタルシネマプロジェクター(Christe DCP-H)の提供と多種多彩な機材が関係者の尽力で設置できた。
加えて音響部門での7.1CHレイアウトや4CH+前方2CHスピーカレイアウトなど機材協力の面で多方面のメーカやスタジオのご協力をいただいたことにも深く感謝したい。(了)

図:高橋氏がデモした上方チャンネルを有したDVDサラウンド
図:冨田氏の最新作品「波のフーガ」で使用した 3つのオーケストラ、サラウンド構成 

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