August 10, 2000

サラウンド マイキング SWISS SOUND ARTの試み

Studio Sound Aug号 抄訳:Mick Sawaguchi 沢口真生

[ はじめに ]
サラウンド録音の現状シリーズ第2回目はAWISS SOUND ARTの行っている
音楽録音マイキングについてレポートする。

我々は、ステレオ録音とすでに1世紀以上も付き合ってきたが、それでもまだ新しい録音手法について研究している。何世代にも渡ってエンジニアやプロデューサは限りなく多くのテクニックや、それらを工夫改良した表現を行ってきたが、まだ、どれも完璧といえるものはない。同時になんでも使える手法というものが、存在しないことも事実である。もし規則があるとすれば、「規則がないということが規則」かもしれないし、ある条件下で良い結果がでれば、それが新たな規則となるのである。
これに比べて、「サラウンド」はよしんば60-70年代にambisonicを始め、一部の熱心な制作者が存在し注目された時期があったとしても、全くの新参モノでしかない。いまだ2チャンネルステレオが主流の中で、ほんの一角を占めているだけであり、果たして家庭の中にどれほど浸透していくかも定かではないのが現状である。映画音響の世界では、5チャンネルのサラウンドレイアウトが定着しているが、こと音楽に関しては、どのようなフォーマットが「基準」となるのか明確ではない。理想主義者は映画のフォーマットでは音楽サラウンドに不適切であると言を荒げ、他に適切な方式があるはずだと主張している。
一方で現実主義者の人々は、与えられたフォーマットの中で、どれほどのことが出来るのかをやってみようと腕まくりして制作を始めてきた。

機材の面では、いくつかのメーカが5.1CHマルチチャンネル対応の製品を市場に提供しはじめたが、マイキングの研究については、まさに端緒につきはじめた段階である。
こうした先進的な取り組みを行っているグループのひとつが、スイスを拠点とした「Sound Arts AG」である。このグループはドイツデトモルト大学でトーンマイスターを取得した人々が中心となって設立したグループで自身のCDレーベルPAN CLASSICSを持ち、現場録音から編集、マスタリングまで一貫して担当している。メンバーはClement Spiess  服部公一郎 Jens Jamin  Simom Foxの4人でプロジェクトに応じてプロデューサからバランスエンジニア 編集となんでもこなせるチーム構成が可能である。彼らの活動は昨年Brauner SPL 5.1CHマイクロフォンアレーによる録音を本誌でも紹介したが、彼らはこの方法で従来の経験をいかしたサラウンド録音を可能とした。同様のマイキングはLucerne Hallで一連の録音シリーズとして継続されまた、ホール郊外の山にある教会でも行われた。本リポートで訪れた時は、スイス青年中央オーケストラの録音の最中で、ブルクナー第6番を録音していた。今回のメインマイクは、Sounfield MK-VとSP451プロセッサーが新たに加わり使用されこの方式は、まだ開発中で録音には出来上がったばかりの新しいプロトタイプが使われた。

Sound Artsの基本ポリシーは実に単純で、「リスナーが最上の席にいて聞こえる演奏空間をリアルに作り上げる」点にある。このためにサラウンドチャンネルに特殊な工夫をすることはなく、オリジナルの空間を忠実に捉えることのみに努力している。こうして録音したサラウンド音楽を聴くとステレオ録音の場合に感じる窓外から音楽を覗いている印象に比べ、リスナーの眼前にすばらしい奥行きと空間を再現することができる。
サラウンド録音を目的として設計されたマイクロフォンは、今までもいくつか存在し、例えばNeuman SM-69を4カプセルユニットにしたモデルや、本誌でもリポートしたSPLや、全空間を4つの近接カプセルで収音するSoundfieldマイクなどが挙げられる。
このマイクは、全球面方向のカプセルという大変ユニークな構造であるにも関わらず、その空間再現を正確に行える優れたデコーダが無かった点や取り扱いと音質の面でイマイチであったことが欠点で、サラウンド録音にあまり使用されなかった。高さ情報を本質的に持つこのマイクを活かすには優れたデコーダの開発が不可欠でありこの問題を解決したのがSoundfield reserch社である。

SP451というモデルがそれで、マイクコントロールBOXから受けたB-フォーマットの信号から、様々な構成のサラウンド出力を得ることができる。最大出力は8チャンネルで、サラウンドのレイアウトはMAP(Microphon Array Pattern)カードの切り替えにより選択する。本機の特徴はサウンドフィールドマイクのみでなく、5チャンネルの単一指向性マイクを使用して、サラウンド空間をコントロールすることも出来る点にある。この場合我々の経験では、センター用マイクのレベルは他に比べて-10-12dBほど低い方が良い結果であった。センターを明確に使用する場合は、台詞の録音などで有効であろう。
デコーダに内蔵されたワイズコントロールにより、センター成分の広がりをコントロールしたり、指向性コントロールでリアのマイクをコントロールすることで目的とするサラウンド音場を非常に自然に録音することができる。また前後のマイクの指向性を様々に組み合わせるとフロントとリアの音場をより積極的にコントロールすることが出来る。
Bフォーマットで録音しておくメリットは、ポストプロダクションの段階でMSステレオと同様に調節がきく点にある。録音する信号は、MK-V ST250サウンドフィールドマイクからダイレクトにB-フォーマット信号で記録するか、Ambisonicミキシングシステムから取り出した4チャンネル出力を記録し、これらをポストプロダクション段階でコントロールすることで、あたかも収録会場にあるマイクをコントロールするように音場をコントロールすることが出来る。

この特徴は、限られた条件下でのサラウンド録音に大変有用であると考えている。こうして得られたサラウンド音場は、スピーカーの配置のいかんに関わらず大変自然な音で、将来は、今日の標準5チャンネルレイアウトに適したデコードが可能なG-フォーマットがSP452プロセッサーで可能となることを期待したい。こうなると実に有効なサラウンド録音ツールになり得るだろう。
これ以外のマイキングで録音したサラウンドも我々は、試聴した。使用したスピーカは新開発のManger Zeroboxというモデルである。
ひとつは、Atoms 5.1録音をSPLでコントロールしたサウンドで大変感動的なサウンドであった。こうしたオーケストラ録音で難しい点は、楽器個々の明瞭度とオーケストラ全体の空間のバランスをいかに再現するか?である。しかし、この方式は両者のバランスを実にうまく再現していた。

Sound Artsのメンバーは、1998年の12月に行ったサラウンド録音実験で、ピアノコンチェルトを計8本のマイクで録音し、Deccaツリープラス補助マイクの組み合わせで、ノイマンKM143sを5角形のレイアウトとして設置フロントマイクはステージから2-3m間隔で高さ3mにし、サラウンドマイクは客席側へ8m間隔で10mの高さに設置した。
メインのピアノも楽器の輪郭を捉えるために小型のDeccaツリーとして3本のマイクを設置した。このマイキングは大変すばらしく音楽を捉えることができ、全体のオーケストラ空間と明瞭なピアノがうまくバランスした。
この方法は、それから半年後のセッションにも有効に活かされた。このセッションではフロントに拡大ORTFマイキングペアが使用されその両側6m間隔でB&K全指向マイクをペアで配置、それにいくつかのスポットマイクというフロント構成でリアはORTFペアのノイマンKM143Sとそこから6m後ろに全指向ノイマンKM130ペアを配置した。
録音は2通りで行い、ひとつはそれぞれをダイレクトにミキシングし、もうひとつはメインマイクからの距離に合わせて精密な遅延調整を行ってミキシングされた。これは特段新しい手法ではなく、ステレオ録音でも従来から使っていたが、今回のサラウンド録音でも初期の目的に十分応えてくれたと言える。

この2つのサウンドはどちらもすばらしいものであるが、個人的な印象では、遅延無しのダイレクトミキシングの方が、自然で豊かな空間が再現され心地良い感じであった。
いずれにせよSound Artsではシンプルなマイキング構成から複雑なマイキングまで、様々なナチュラルサラウンド録音手法を実験、開発しており、ここから思いも描けないような素晴らしい結果が得られたり、逆にこれは使えない、といった結果を経験している。
こうした経験を積み重ねることで我々は、セッションに応じてどのようなマイキングが最適なのか適正に判断し、さらに経験を重ねていくことができる。これはあたかもステレオ録音で我々が経験してきたアプローチそのものでもある。(了)

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